『その縄、魔法につき。〜十九歳の縛術師は、殺さずの技術で乱世を縛り上げる〜』第8話 民の前での選択
剣を置き、
血統を並べ、
それでも決めきれない場所に、
最後に残るのは「人の声」でした。
第8話は、この物語が初めて
“民”そのものを主役に据える回です。
広場には、朝から人が集まっていた。
城下の民だけではない。山を越えてきた者、隊列に混じった村人たち。
誰も剣を見ていない。
見つめられていたのは、玉座の代わりに設えられた高台だった。
三日目の朝。
リオネルは高台の縁に立っていた。背後に国王。少し離れてアルヴェルト公。
兵は下げられ、刃は意味を失っている。
広場を満たすのは、期待と不安が入り混じった沈黙だった。
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最初に進み出たのは、アルヴェルト公だった。
杖に体を預けながらも、その声はよく通った。
「私は、王位を奪いに来たのではない。
先王の直系として、正当に継ぐために来た」
掲げられた証文。系譜と印章。
「剣を抜かなかったのは、民を守るためだ。
王が誤れば、国は滅びる。私はそれを止めに来た」
一瞬の沈黙。
「血を流さぬために、犠牲は計算した」
空気が、はっきりと変わる。
「すべてを守れる王はいない。
切り捨てる覚悟こそが、王の資格だ」
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次に前へ出たのは、国王だった。
王冠はなく、装いも簡素だった。
「私は正統な血を誇らない。
だが、この国で生き、この国で死ぬ覚悟はある」
民の視線を受け止める。
「私は間違える。決断を恐れることもある。
だが――誰かを“計算”に入れたことは、一度もない」
沈黙。
「犠牲を前提にした平和は、すでに戦だ。
それでも私を信じるか、ここで選んでほしい」
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視線が、リオネルに集まった。
彼は一歩前へ出る。手にしていた縄を、投げない。
「私は王ではありません。剣を振るう者でもない」
一拍。
「――縛る者です」
だが、縄を地に置いた。
「今日は、人を縛らない。
選ぶのは、あなた方です」
「剣で従わせる王か。
犠牲を計算する王か。
それとも――迷い続ける王か」
リオネルは王を見た。
「私は、迷う者の側に立ちます」
そして、公を見る。
「計算する者の側には、立たない」
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静寂の中、老人が一歩前へ出た。
「……わしは、数字ではない」
それだけで、十分だった。
小さな同意が、波のように広がる。
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アルヴェルト公は目を細めた。
「……愚かだ」
だが、その声に確信はない。
王は、深く頭を下げた。
拍手が起きる。
一人、また一人。
やがて広場を満たした。
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リオネルは縄を拾い上げた。
今日は、使わなかった。
だが――
この国は、確かに一度、結ばれた。
それが救いか、呪いか。
答えは、まだ先にある。
この話で、リオネルはついに
縄を使いません。
縛らなかったからこそ、
国は一度、結ばれました。
アルヴェルト公は、
決して悪ではありません。
彼は「計算できる王」であり、
多くの国では、それが正解だったでしょう。
けれどこの国は、
迷い、悩み、選び続ける王を選びました。
それは、最も不安定で、
最も人間的な選択です。
次話では、この選択の「代償」と
王でも民でもない立場に立つ
リオネル自身の行き先が描かれていきます。




