表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21





 

 針仕事を始めてどのくらい経っただろう。

 ここ一年で起きた出来事を思い出しながら、着物に一針ずつ針を通していく。

 鮮やかな模様が描かれた着物は、和花にとってとても眩しく見える。

 この着物の柄のように絵を描きたいと願っても、それは叶わぬ夢なのだ。

 爪が黒いまま絵を描いても悲惨な絵しか生まれないだろう。そんな絵を自らの手で生み出したくもない。


「和花さん、いらっしゃいますか?」


 控えめに戸を叩く音が聞こえ、和花は手を止めた。


「はい」


 そっと開かれた戸から顔を覗かせたのは、優しい垂れ目が印象的な、加納家の使用人の由紀だった。


「和花さん、お昼食べましたか?」


「いえ」


「それでしたら、こちらをどうぞ」


 由紀が持つお盆の上には、湯気が沸き立つ湯呑みと形のいいおにぎりが置かれていた。


 由紀は和花が加納家に来たばかりの時から、困っていると助けてくれる使用人である。

 和花より少し年上の由紀は、この家で唯一和花のことを気にかけてくれる存在だった。


 当たり前だが、和花の食事は用意されない。余った食材をもらい、自分で料理しなくてはならないが、日によっては余りの食材がなく、食事にありつけない時もある。

 そんな時に、そっと手を差し伸べてくれるのが由紀だった。

 気持ちは嬉しい。だが、和花と関わってもろくなことがない。

 義家族に優しくしていることが見つかれば、由紀だってどんな罰を受けるか分からない。

 だから自分と関わりを持たないように、そっけなく関わっているつもりだが、どういう訳か由紀は懲りずに面倒を見てくれる。


「握り立てなので美味しいと思いますよ。ゆっくり召し上がって下さいね」


「……すみません、ありがとうございます」


 ここでにこりと笑って礼を言えればどれだけ良いか。だが、和花にはもう笑う力も残っていないのだ。


「……これ全て和花さんが繕われたのですか?」


「はい」


 由紀の視線は、綺麗に畳まれた着物に向いていた。ほつれを直し、丁寧に畳まれて積み上げられた着物の山を。

 それから、和花の手元に置かれた縫いかけの着物を見る。


「まぁ、和花さんは手先が器用なんですね。縫い目が揃っていて美しいです」


 和花が縫った跡を見て由紀は目を見開く。


「ありがとうございます」


 和花が機械的に礼を告げると、由紀は悲しそうな顔をした。


「和花さん、あまり無理をされてはいけませんよ。……今朝も奥様から理不尽なことを言われておりましたよね?」


 無理とはなんだろう。

 理不尽とはなんだろう。

 考える力ことももう疲れた。

 色々なことを考えて疲れるくらいなら、考えることを放棄して、無の感情のまま受け入れる方が楽である。


「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですから」


 淡々と礼を言い、着物に向き直る和花に、由紀の表情がさらに曇った。


 しかし、由紀のその表情に和花は気づくことはなかった。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ