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「和花っ!大丈夫ですか?」


 加納親子が立ち去ると、和花は全身の力が抜け、崩れ落ちそうになった。そんな和花を蒼弥はしっかりと抱き留める。

 安心する大きな身体。


「すみません……蒼弥さん、少し力が抜けてしまって……それにご迷惑をおかけして……」


「何も謝らないでください……私の方こそ遅くなってすみません……」


 力なく言う和花を見て、蒼弥の瞳は泣きそうに揺らいでいた。


 彼はどこまで優しいのだろう。

 本来ならこれは、加納家と藤崎家の問題。和花自身で解決しなくてはいけない問題なのに、蒼弥は助けに来てくれたのだ。和花のために。

 それに、和花が予想もしていなかった事実まで持ってきてくれた。


「……加納屋のあれは、事実なのですか?」


 あの店に思い入れがあるかと言われればそうでもないし、正直どうだって良い。

 しかし、美しい着物が不正に販売されていたり、お金を儲けるものに使われていたりしたのかと思うと胸が締め付けられた。


 着物は人の心を癒し、想いを伝えるものだから。

 華やかな色味は見る人の目を心を癒す。そして、描かれる柄ひとつひとつには意味が存在し、伝えたい想いが込められているのだ。

 そんな美しいものを悪用していたのは許せないかった。


「和花を完全に加納家から引き離すために、独自に調べていました」


「……私のために?」 


「はい、もう和花には怖い思いをさせないようにと調べていましたが、すみません、遅かったですね」


 身体に回される蒼弥のたくましい腕に力が込められる。

 和花を怖い目に遭わせてしまったという蒼弥の後悔がひしひしと和花に伝わった。

 和花はそっと手を伸ばし、蒼弥の頬に触れる。


「そんなことありません」


「……和花」


 きっぱりと言い切る和花に、蒼弥は目を見開いた。


「私なんかのために、ありがとうございます」


「……!」


 柔らかく笑む和花を蒼弥は再び優しく抱きしめた。

 とくんとくん、と蒼弥の鼓動が耳に届く。


(とても安心する……)


 勢いのまま加納家を飛び出して、あとは任せて欲しいと蒼弥に言われていたが、どこかモヤモヤしていた。

 自分自身の問題なのに、本当にこれでいいのか、と。

 しかし、権力も地位もない和花には、加納家について調べることも罰することも不可能だ。できることなんてたかが知れている。だからせめて自分のできることを、気持ちを言葉にして対面で物申すことができて、少し心がすっとした。

 終わったあとこうやって腰が抜けてしまっているが。

 だが、これは和花が自分の幸せを掴もうと頑張った証なのだ。


「とりあえず、母のところへ行きましょう」


 蒼弥は腰が抜けたままの和花を、ためらいなく抱き上げ、歩き出す。

 逞しく温かい腕の中。


「蒼弥……さん……」


 義父にはっきりと自分の気持ちを伝えられた満足感と、蒼弥がいたから成し遂げられた達成感を味わいながら、和花は心地良い揺れに、そっと目を閉じた。





 腕の中の和花は、すやすやと寝息を立てている。

 きっと緊張の糸がほぐれたのだろう。

 安らかな顔をして眠る和花を見ていると、胸に重石がのったように苦しくなった。


(もう少し早く調べ終えていれば……)


 ぐっと奥歯を噛み締める。

 楽々と抱えられるその小さな身体に、どのくらいの不安と恐怖を抱えていたのだろう。

 幸せだった日々が突然一変し、暗く狭い部屋に閉じ込められたかのような一年。慣れない環境や冷たい義家族に傷付きながらも淡々とこなしてきた和花は強い。

 だからこそ、一瞬でも目を離せばすぐにどこか遠くへ行ってしまいそうで、とても怖かった。

 しかし、そんな心配は必要なかったようだ。

 和花はしっかり自らの足で立ち、自分に害がある相手に対しても誠実に真っ直ぐに自分の気持ちを伝えようとした。彼女はやはり強く、美しい。

 車に乗せても和花は眠ったまま。余程気力と体力を消耗したのだろう。


「和花、よく頑張りましたね……」


 柔らかな和花の髪を撫でる。

 蒼弥にとって、こんなに愛おしいと、守りたいと思う人は生涯現れないと思う。

 和花は蒼弥にとって特別な唯一の存在だ。 


「九条さん」


 背後からきりりと引き締まった声が掛かる。名残惜しくも和花の艶やかな髪から手を離し振り向くと、小山と冴木が立っていた。


「和花さんは大丈夫ですか?」


「はい。疲れて眠ってしまいました」


「もっと大事にならなくてよかったな」  


「……本当です」


 もう少し到着が遅かったらどうなっていたか。想像するだけで身が凍る。 


「加納信忠と娘は役人に引き渡したからもう大丈夫だろう。信忠にはこれから尋問が、加納宅にも連絡がいってる頃かな」


 可哀想に、と呟く冴木に「当然のことです」と小山は眉を吊り上げた。


「色々とありがとうございました。いけませんね、私情を挟み、取り乱してしまいました」


 思い返せばずっと余裕がなかった。本来、帝国を守り導く立場のはずなのに。

 珍しく肩を落とす蒼弥を見て、冴木は控えめに吹き出した。


「ふっ、大丈夫だよ。周りにはちっとも気付かれてないさ。蒼弥にとっては焦っていたかもしれないけど、全く表にでていなかったもん。な?小山」


「はい。おそらく。付き合いの長い私たちだから気付いたことだとは思いますが、側から見るといつも通りの仕事一筋の文官長でしたよ」


「それなら良いのですが」


「むしろもっと全面的に出しても良いんだぞ?恋人がいますって」


「それは遠慮しておきます」


「なんでだよ!」と騒ぐ冴木と冷静な小山。

 やはり優秀な側近だ。


「それはそうと、九条さん」


 小山は思い出したかのように蒼弥を見た。


「はい」


「和花さんにあのこと、お伝えしないのですか?」


「……あのこと?」  


「加納信忠が誰を殺したのか、と言うことです」


 しん、と空気が冷たくなる。

 蒼弥は車内で穏やかに眠る和花の顔を見た。

 この事実を知れば、和花はどんな顔をするのだろう。

 もう傷付けたくないし、この穏やかな顔を崩したくもない。

 ――しかし、和花には知る権利があるし、知らなくてはならない気がする。 


「そう、ですね……もう少し、落ち着いてから私がきちんと話します」


 もう少し、信頼関係を深く深く築いてから必ず。

 眠る和花の顔がほんのり笑みを浮かべた気がした。

 

 



 

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