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「それではいってまいります」 


「本当にお一人で大丈夫ですか?」


「はい、蒼弥さんも来てくださるので大丈夫です」


「そうなんでしょうけど……こんな可愛らしい和花さまがお一人で歩かれるのは心配です」


「そんなことは……」


 蒼弥もカナも九条家の人たちは皆、過保護だ。今も一人で歩いていくことにカナはとても心配そうに眉を八の字にしている。

 和花を想ってくれての行動だということが伝わり嬉しいが、少し恥ずかしくもあった。


「大丈夫です、カナさん。すぐに蒼弥さんと合流しますから」


「すみません、外せない用事を入れてしまいまして。和花さま、いってらっしゃいませ」


「いってまいります」


 完成した巾着袋を巾着にしまい、和花はカナに見送られ屋敷を後にした。


 これからかすみの住む屋敷に向かう。

 今夜は夕食をぜひにと誘われたのだ。

 屋敷までは徒歩と電車を使う。一人でも行けなくはないが、駅で仕事終わりの蒼弥と待ち合わせをすることになっていた。


 ようやく慣れた駅までの道を一人で歩く。

 帝都の中心にある蒼弥の家は人通りも多く、いつも賑やかだ。人々の笑い声や遠くを走る電車の音、ずらりと並んだ店先の明かり。周囲を見回しながら和花は先を進んだ。


(こっちの方が近道と蒼弥さんから教えてもらったんだったわ。でも、一人では通らないように言われたけど……急げば大丈夫よね)


 賑やかな通りを曲がり、人通りのない狭い道に出る。ここの道は狭く寂しいが、駅までだいぶ近道になるのだ。

 薄暗い道を早足に進む。


 そんな時だった。背後から聞き覚えのある低い声が聞こえたのは。


「――やっと見つけた」


 和花は背筋を凍らせ、足を止めた。嫌な汗がたらりと垂れる。

 振り返らなくても、この低く野太い声の持ち主を和花はよく知っている。

 鮮明に少し前の記憶が蘇った。


「今までどこに行っていたの?お義姉さま」


 もう一つ聞こえた可愛らしい高い声。

 後ろを見られなかった。恐怖で足がすくみ、前に進みたくても言うことを聞かない。


「お前、勝手に出ていきやがって。しかもなんだ?婚約破棄とは。そんなことを許した覚えはない」 


 背中に静かな怒りが込められた声が突き刺さる。久しぶりの感覚に身体中が震えてきた。

 きっと後ろにいるのは、信忠と美夜だろう。空気感がそう推測する。


「ねぇ、お義姉さま?勝手に家を出たら駄目じゃない?心配したのよ?それに九条さまの家にいるとはどういうこと?」


 動けないでいる和花に、かさりかさりと草履が近づく音が聞こえた。とん、と肩に手を置かれ、すぐ近くで美夜の声が聞こえる。自分を嘲笑うような低く不気味な声。


「それに、なあに、お義姉さまのその格好。そんな美しい色、身の丈に合わない格好だとは思わないわけ?」


「……っ」


 美夜にそう言われ、和花は自分の格好を見た。

 着物の肩口から中心にかけて橙色と桃色が広がり、裾にいくたびに緋色に変わっていく。色のグラデーションが美しい着物。

 そこには、桜や牡丹の花が散りばめられ、その間を淡い色の蝶が飛び回るように描かれていた。

 これもかすみから譲り受けた着物だ。


「へぇ、頭にこんな高価そうな物まで付けちゃって」


 和花の背後にいた美夜は、頭についていた硝子細工で出来た緋色の蝶の形の簪を引き抜き、まじまじと見た。

 はらり、と和花の髪が乱れる。


「……だ、駄目……」


 声を出そうと口を開くも、恐怖で声が出づらい。


「なあに?よく聞こえないわ?」


 怯える和花に、加納親子はニタニタと笑うばかりだった。

 それでも、簪を取り返そうと振り向き、美夜に手を伸ばす。

 掴みかかりそうな勢いに驚いた美夜は、大きな声を張り上げた。


「触らないで!」


 どん、と胸を押され後ろによろめく。和花はそのまま倒れ込み、巾着の中身が散らばる。

 義父の足元に、仕立てたばかりのかすみへの贈り物がすとんと、落ちた。

 義父は黙ったまま巾着を拾い上げ、まじまじと見つめた。


「これはなんだ?」


「駄目……返してくださいっ!」


 やっと出た声は細く、頼りない。手を伸ばすも届かない。和花の手は宙を彷徨った。


「……お前……!」


 ぐしゃり。義父の手のひらで巾着が丸められる。その光景に和花は目を見開いた。


「な、なんてこと……を……」


 かすみへの想いを込めて描いた紫陽花に皺がよる。義父の行動はあまりにも酷すぎた。


「お前……!わしを騙したな?!絵は描けないと言っていたではないか!それなのにこれはどう言うことだ?」


 義父の怒鳴り声が、やけに遠くに聞こえる。


(どうして……こうなるの……)


 溢れる涙を止められない。和花は顔を見られないように下を向いた。ぽたりぽたりと涙が地面に落ちる。


「これはお前が描いたのだろう?!絵が描けるなら問題ない。お前をもう一度直斗の嫁にして、一生使ってやるからな!」


 ……違う。

 この絵を描けるようになったのは、蒼弥の、九条家のおかげ。

 和花を大切にしてくれるそのあたたかい思いが、和花の絵を描く力を取り戻させてくれたのだ。

 だから、加納屋に戻っても同じように美しい絵を描けるはずないのだ。


(私はやはり、幸せにはなれないの……?)


 やっと見つけた幸せな道を進み始めた途端、こんなことになるなんて。

 これまで心を鈍らせていたから義父や義妹の言葉に深く傷ついたことはあまりなかった。しかし、蒼弥に出会ってあたたかい環境を知り、心がほぐれた和花にとってこの言葉の攻撃はきついものだった。


 事を荒げないために、素直について行ったほうが良いのだろうか。また、心を鈍らせて、何も考えずにひたすら使用人のような仕事をすればこの人たちは満足なのだろうか。

 和花の目の光が曇り始めた。

 そんな時、ふと、緋色の着物が目に入った。鮮やかな眩しい色。それを見ていると、九条家で出会った人たちの顔が頭に浮かんだ。まだ会って少ししか経ってはいないが、和花のことを思ってくれる、守ると言ってくれた優しい人たちの顔が。


 ――幸せは自分で見つけ、動いた人に来るのだから。


 父からの手紙の言葉も重なって和花の中に響く。


(……いいえ、違うわ。幸せになるために、九条家に居させてもらえるために、私も自分で動かなくてはいけないのよ)


 このまま二人の言葉に流されて良い訳がない。

 幸せは待っていて得られるものではない。自分から行動し、掴み取らなくてはならないのだ。

 それに、この人たちとの問題は、元々は和花の物。

 居場所と優しさと、あたたかさをくれた九条家の人たちをもう巻き込みたくはなかった。

 それならば、今ここで和花が自分の気持ちを伝え、引き下がってもらうことが一番だろう。

 あの冷たい人たちのことだ。いくら言っても聞く耳は持たないかもしれない。でも、和花もこの今の幸せな生活を壊したくないし、九条家から離れたくないのだ。


 せっかく手にした幸せを離したくない。

 できるかできないか、ではない。やらなければならないのだ。和花の大切なものを守るために――


 決意した和花は、ゆっくりと立ち上がり、顔を上げた。


「あら?どうしたの?お義姉さま?」


 案の定、怒り狂い顔を真っ赤にさせた義父と、不気味に笑う美夜の顔が目に入る。

 和花の顔を見た美夜はさらに顔を歪ませた。


「くっ……そんな物で着飾ってもあなたはあなた。みすぼらしいお義姉さまなのよ。悪いことは言わないわ、九条様のもとを離れなさい。私の方が相応しいのよ」


「お前には加納屋でやるべきことがある。こんなところでそんな派手な格好をしていないで今すぐ戻れ!」


 手に力が入る。怖い、けど言わなくては。

 もう戻らないと、九条蒼弥の隣にいるのは自分だと――

 和花は、きっ、と目の前の二人を鋭く見つめた。

 

 

 

 

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