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「さ、できましたよ、和花さま」


 声をかけられ、そっと目を開く。

 目の前の鏡に映った自分に驚き、思わず頬に手を当てた。


「これが……私?」


 鏡の中の女性は、別人だった。

 目元と唇に淡い桃色がのせられ、髪は綺麗にとかして結われている。

 鏡をまじまじと見る和花の背後から、カナは笑いかけた。


「とてもお綺麗です、和花さま。女性は誰でも、好きな人のためなら綺麗になれるものなんですよ」


「カナさん、ありがとうございます」


「ふふ、お礼を言うのはまだ早いですよ。和花さま、こちらにいらしてくださいな」


 促され、鏡台から離れてカナの元に寄る。カナは風呂敷を和花の目の前に置くと、結び目を解き始めた。


「こちらは、蒼弥さまと奥さまがご用意されたものですよ」


「これは……」


 風呂敷から出し広げた物に、和花の目は釘付けになった。


 光沢のある柔らかな象牙色の生地に、橙と黄色のあたたかみのある手毬が転がる着物。

 手毬の周りには、精彩な花々が描かれ、その鮮やかさが人目を惹く。

 これも、藤崎屋で仕立てられた着物だった。


「ぜひ、和花さまに着てもらいたいと先程ここに届いたものでございます」


「……私に?」


 信じられないと言わんばかりにカナを見つめる。

 なぜ、まだ顔を合わせたこともない和花に、こんなに良くしてくれるのだろう。

 和花が加納家にいた時からそうだった。蒼弥の母は、見ず知らずの自分に藤崎屋で買っていたものを譲ってくれていたのだ。


(後で高額な請求をされたり、何か言われたりするのではないかしら。私のために行動するはずはないわ……)


 あの穏やかな蒼弥の母親だから、意地の悪いことをするわけないとは思う。

 だが、自分は優しくされる資格などないと未だに心のどこかでは思っていた。いくら蒼弥が認め、褒めてくれても一年で染みついた自分への評価は早々に変えることはできないのだ。


「さ、袖を通してみましょう?」


 カナはにこにこと和花に提案するも、和花はそれを遮り、重たい口を開いた。


「わ、私が着てもよろしいのでしょうか?本当は九条さまのお母さまのお着物ですよね?」


 微かに声が震える。和花の不安が声を伝って届いたようで、カナは一瞬目を大きくさせた。


「えぇ、和花さまがおっしゃる通り、このお着物は蒼弥さまのお母さまのものです。ですが、着て大丈夫ですよ。奥さまからも是非とことづかっております」


(……本当かしら?)


 着ても良いのか心配が拭えない。

 象牙色の生地を転がる手毬をじっと見つめる。着物から飛び出してきそうな勢いの手毬は、どこか見覚えがあった。


 ――和花、こうやって鞠をつくんだぞ

 ――わあ!お父さますごい!

 ――はっはっはっ!和花も何度もやればできるようになるぞ


 幼い頃、父と庭先で鞠つきをした記憶。その時に遊んでいた橙色に白色の花柄の鞠と同じものが描かれていた。

 着物をじっと見つめていると、懐かしさに包まれ、和花は父が作った着物を身に付けたい気持ちが強くなってくる。

 着物とカナと視線がうろうろ動く。


「きっと蒼弥さまも楽しみにされていると思いますよ」


「……っ、わ、かりました。お願いします」


 袖を通したい欲と、カナの圧に負け、手伝ってもらいながら袖を通す。

 久しぶりに味わう、ツルッとした質の良い生地は重みを感じる。

 濃い黄色の帯でぎゅっと絞められると、背筋が一気に伸びて、気持ちが引き締まった。


「これで完璧ですね」


 着物と同じ柄の簪をつけてもらうと、和花は見違えるほど美しくなった。鏡の中の自分が、今までぼろぼろの着物を着て貧相な顔立ちだった自分とは大違い。

 着るものや化粧でこんなにも変わるのかと和花は驚いた。


「とってもお綺麗ですよ和花さま」


「いえ、そんな……」


「あともうひとつ」


「……はい?」


「女性に必要なのは笑顔です。そして自分をそんなに謙遜してはいけません。お綺麗なのですから自信をお持ちください」


 微笑むカナに背中を押され、部屋を出る。

 蒼弥を探し、広い屋敷を彷徨っていると、「和花」と背後から声をかけられ、振り向く。そこには和装の蒼弥が立っていた。

 和花を見るなり、目を見開く蒼弥に、思わず視線を彷徨わせる。


「和花、とても美しい……美しくなりすぎて驚きました」


 大袈裟なくらい褒められ、和花は顔に熱が集まっていく。


「い、いえそんなこと……九条さまもかっこいいです……」


 青い着流しに、紺色の羽織を着た蒼弥は、優雅で落ち着いて見える。

 思ったことをそのまま伝えると、蒼弥も珍しく目線を外し、そっぽを向いた。


「直接そう言われると、少し照れますね」


 耳が赤い蒼弥は新鮮だった。蒼弥はそっぽを向いたまま、やや早口で和花に話す。


「あの、一つお願いがあるのですが」


「お願い?何でしょう、九条さま」


「その、ですね」


「はい」


「呼び方を変えていただきたいと思いまして」


「呼び方……?」


「私たちは婚約者です。私のことは苗字ではなく、名前で呼んでください」


「な、名前……で?」


「はい」


 さっきまで照れていた蒼弥はどこへやら。

 真剣な顔で真っ直ぐでに見つめられ、和花は顔が赤くなるのが自分でも分かった。


「えっと、その……そ、そうや、さん?」


 視線を泳がせながら囁くと、蒼弥は分かりやすく視線を外した。気を悪くさせてしまったのかと思い、和花は慌てふためいたが、どうやら違うようだ。


「本当、可愛すぎて困ってしまいます」


 悶絶する蒼弥に、和花も顔を赤くするばかりだった。

 まだ夏は迎えていないというのに、廊下の一部分だけがものすごくあつくなっている。お互いに恥ずかしさが最高潮に達し、二人に一気に熱量が増したのだ。


 そんな二人の初々しい姿をこっそり見ていたカナは声を顰めて笑っていた。


「和花、まだ疲れが取れきっていないところすみませんが、私の母の家に一緒に来てくださいませんか?」


 ふ、と自分を取り戻した蒼弥は、和花に言った。


「は、はい。もちろんです」


 その提案に和花も我に返り、返事をする。

 緊張はするが、これも九条家に嫁ぐ身として避けては通れない道だ。

 粗相のないようにと自然と身体に力が入る。


「そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ。母に会って欲しいのはもちろんだけど、和花に見せたいものがあるのです」


 力みが伝わったのか、蒼弥は安心させるように和花の頭を優しく撫でた。その表情はとても柔らかい。


「見せたいもの?」


「はい、それでは行きましょうか」 

 首を傾げる和花の手を引き、二人は外へ出た。

 昨日の強い雨がまるで嘘だったかのように、外はカラッと晴れて良い天気だった。

 綺麗な着物に身を包み、蒼弥の隣を歩く和花は今までと変わらない街で生きているはずなのに、百八十度世界が変わって見える。

 二人は車に乗り、帝都の街を進んでいった。

 

 

 

 

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