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「あ〜やっと終わった〜」


「ちょっと、冴木さんそんなに大きな声出さないでくださいよ」


 文官長室に、気の抜けた声とそれを嗜める声が響いた。


 ここ数日、とある案件に手こずり、まともに休めていなかったためか、普段しゃんとしている小山もどこか声に覇気がない。

 部下である冴木と小山が大量の資料を机に並べ、開放感を味わっている中、蒼弥は机の引き出しから別の書類を取り出し、広げ始めた。そして真剣にその資料を読み込む。


「蒼弥?どうかしたのかい?まだ調べ足りないところでもあった?」


「おかしいですね。資料は全て仕分けしたはずなのですが」


「……」


 不思議そうに首を傾げている部下たちのことにも気づかず、蒼弥は書類を読み込んだ。

 何か一つのことにのめり込むと周りが見えなくなる蒼弥の性格を知っている二人は、はじめ、特に気にせず各々休んでいたが、ただならぬ切羽詰まったような雰囲気に顔を見合わせた。


「蒼弥?」


「九条さん?」


 口々に名を呼ばれ、蒼弥はそこでようやく気が付いたのだった。


「……え?あ、いや、何もありません。仕事外の調べ物ですので、お気になさらずに」


 そうは言いつつも、頁を捲る手は忙しない。

 蒼弥は焦燥していたのだ。

 和花と気持ちが通じ合ってから早三日。

 早く彼女を迎えに行きたい気持ちばかりが逸るが、それをぐっと堪える。

 和花をあの家から確実に離すためには、ちょっとした仕込みが必要だと考え、それに向けて動いていた矢先、大量の仕事に覆われて足止めされてしまったのだった。 


 一刻も早く、気になる所を調べ上げ、和花の元へ行きたい。その思いが、蒼弥の手を動かした。


「仕事以外って言ったって、他になにを調べているんだ?」


 よいしょ、と冴木は立ち上がり、机に向かっている蒼弥の背後に回った。そして、手元の資料を覗き込み、呟く。


「……加納屋?」


「加納屋って帝都にある老舗の呉服屋のことですか?」


「えぇ、そうです」


 小山もつられて二人の元に集まり、三人で一つの書類を覗き込んだ。

 びっしりと文字が並ぶ書面には、加納屋それから加納家の情報が先々代くらいから書き込まれている。


「でも、なぜ加納屋の情報が必要なんだ?ここの店で何かあったのか?」


 何気ない冴木からの質問に、蒼弥は言葉を詰まらせた。


「それは……」


 信頼している二人だが、まさかこの調べ物が蒼弥が思いを寄せている人のためだと知ったらどんな反応をするのだろう。なんとなく言いづらく、言葉を濁してしまう。


「蒼弥?」


 珍しく歯切れの悪い蒼弥に心配の色を浮かべる冴木だったが、隣で真剣に書類に目を通していた小山が小さく声を上げた。


「……藤崎屋、それって……」


 驚いた小山の視線が蒼弥に刺さる。


「藤崎さんのことですか?」


 蒼弥は逃げ道はないと悟った。それに反応したのは蒼弥だけではない。


「え?なに?藤崎さんって誰?」 


 今まで心配そうに蒼弥を見ていた冴木も興味津々に身を乗り出した。

 こうなってしまっては、黙っていることはもう無理だろう。

 蒼弥はため息混じりに、渋々口を開いた。


「今、私はどうしても助けたい方のために情報を集めていたのです」


「助けたい人?それが藤崎さんって人ってこと?」

「まぁ、はい。そうなりますね」


「品があってお綺麗な方だとは思いましたが、確かにあの時も何やら雰囲気がおかしかったような気はしましたね」


「えぇ。調べていたら色々気になるところも出てきまして」


「そうだったんですね」


「……ん?待て」


 蒼弥と一度和花に会ったことがある小山は二人で話を進めていたが、突然、冴木から停止の声がかかった。


「はい?」


「どうされました?冴木さん」


 考え込むような素振りをしていた冴木だったが、信じられないと言わんばかりな表情で恐る恐る問う。


「ま、まさか、その藤崎さんってじょ、女性……?」


「何をそんなに驚いているのですか?そうですよ、藤崎さんは女性です」


「……」


 平然と小山が答えた途端、冴木は思わず崩れ落ちそうになった。


「そ、蒼弥が……女性を気にするなんて……」


 冴木は強い衝撃で顔を青くしながら、もごもごと一人で話し続ける。まるで魂が口から抜けていったようだ。


「冴木さん、落ち着いてください」


「か、顔色が悪いですよ?」


 冴木にこのことを伝えれば、こうなることは少し予想できていた。


 既婚者である冴木は、やれ恋人やら結婚やら親よりもうるさい。

 蒼弥がそういうことに興味がないと知っているのに、それを心配して何度か見合いの話を持ってきたこともあった。

 全て断ったが。


「あの蒼弥が一人の女性に気を止めるなんて……」


「そうですね、私もこうなるとは思いませんでした」


 蒼弥は諦めて、事の顛末を全て二人に話した。

 和花との出会い、彼女について、加納屋について、今後どうしていくか全て。


「私は彼女を助けたいと思っています。だから、早く情報を集め、彼女の元に行きます」


 いつも以上に真剣に、きっぱりと言う蒼弥に冴木も小山も力強く頷いた。

 蒼弥は思わず顔を上げ、二人を見た。


「あの蒼弥をそんな風に思わせた方なんだろう?当然助けなくてはいけないし、手伝う他ないよなぁ。いやぁ、めでたい。なぁ、小山?」


「そういうことなら私もお手伝いします」


「……え?」


 普段の調子が戻りつつある冴木は、蒼弥の心境の変化に、にやにやと口元を緩めた。

 小山も本棚から分厚い資料を取り出しながら笑う。


「冴木さん、小山さん……」


「九条さんはもう少し仕事以外に目を向けて、自分の欲の為に周りを頼ってもいいと思いますよ」 


「そうそう。確かに帝国の文官長だが、その前にお前も一人の男だ。守りたい女のために多少無茶をしたって誰も何も言わないさ。いつでも協力するからな」


 頼もしい部下たちに、蒼弥は胸が熱くなった。

 自分が優先すべきは帝国。自分の気持ちは後回しにしなくてはならない。

 父から立場を譲られてから、心には常にその思いが埋め込まれていた。


 だから上の立場である自分が、公私混同しては駄目だとずっと自分を戒めていたが、今目の前にいる部下たちはそんな自分を受け入れ、手伝うとまで言ってくれた。

 自分の気持ちに正直に、彼女を助けることを優先に考えても良い、二人の態度からはそれがひしひしと伝わってきた。

「早く言ってくだされば、この仕事も冴木さんと二人でやりましたのに」


「えぇ?この膨大な量をお前と二人で?それは無理だろ」


「いや、ここは無理でも九条さんを安心させるために肯定するべきでしょう?」


「無理なもんは無理だ。まぁ、でも蒼弥の仕事を一つ二つならもらってもよかったかもしれないが……」


 二人のやりとりに、蒼弥の心に少し、ゆとりができた。


「ありがとうございます、冴木さん、小山さん」


 焦る気持ちもあるが、自分には頼もしい部下がいる。

 何かあれば力になり、助けてくれる味方が。その存在がそばにいてくれると気づけば、さっきまでの焦りが薄くなった。


「和花のために、いえ、私のために、力を貸して頂けませんか?」


「もちろんです」


「そうこなくっちゃ」


 空気が緩んだ後、三人は手分けして書類を読み漁り始めた。

 窓の外は清々しい青空が広がっている。それはまるで、今の蒼弥の心の中のようだった。

 

 


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