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燃える赤と桃色の薔薇






 美夜はここ最近、機嫌があまりよくなかった。

 美夜の好みの着物を贈られても、異性からちやほやされようとも何も面白くない。

 今も自室で雑誌を読んでいるというのに、内容が全く頭に入ってこず、苛立っていた。


(本当に、なんなのよ)


 不機嫌な理由、それはただ一つ。

 今、目の前で庭を掃き掃除している和花である。

 春の柔らかな風を感じようと自室の襖を開けていた美夜だったが、感じたのは心地よさではなく、襖を開けた後悔だった。


 蒼弥が加納屋に着物のお直しを定期的に依頼するようになり、美夜はここぞとばかりに盛大にもてなした。

 華やかに着飾り、言葉遣いも丁寧に。毎度、蒼弥を大袈裟なくらいに褒め称えた。

 しかし、蒼弥の気を引こうと必死だったが、彼の反応はいまいち。

 常に自分が一番である環境にいたこと、周りがほっとかなかったこともあり、こんな冷めた扱いをされるのは初めてで驚いた。


 だが、そこで引き下がる美夜ではない。

 なんとしてでも蒼弥に取り入ろうと、あの美貌と金と立場を持っている男を捕まえようと必死だった。

 誰に対しても、このように冷めた接し方をする人だと割り切り、気を引き続けたが、聞き捨てならない話が耳に飛び込んできたのは、つい先日のことである。


 お茶を淹れてもらおうと台所に向かっていた美夜は何やら盛り上がる使用人の話に足を止め、耳をすませた。


『先日、お店帰りの九条さまが、お庭で和花さんとお会いになっていたんですよ』


『え?それは本当ですか?』


『何やら親しそうに笑いながらお話しされていたのを私見てしまいましたの!』


『九条さま、お店では淡々とされていると聞きますけど……』


『和花さんのことがお気に召した……とか?』


『そんなことあるのかしら?』


『どうでしょうね』 


 雷に打たれたような衝撃だった。

 あろうことか、使用人以下の存在である義姉が蒼弥と楽しそうに話をしていた、というのだ。

 真相は分からない。だが、本当だとしたら……?

 自分にそっけない蒼弥が、あの、みすぼらしい義姉には笑顔を向けていると……?


 にわかに信じがたかった。

 しかし、これが本当のことだとしたら、非常に憤りを感じる。


(なんであの女の方に興味を持つの?……私の方が、私の方がいいに決まっているのに……)


 血が滲みそうなほど唇を噛み締めた。使用人の話が遠くに聞こえる。


 本当にありえない。

 この家で、いやこの辺りで一番である自分よりも義姉の方が優勢に立っていることがありえないし、とてつもなく悔しい。


 気付けば、目の前で掃除をしている和花を鬼の形相で睨みつけていた。

 和花は美夜の視線に気づくこともなく、黙々と手を動かしている。

 そういえば、最近、なんとなくこの女の表情が緩くなった気がする。

 今もあかぎれだらけの手を動かしながらも、口元はかすかに笑っているような気がしなくもない。


 読みかけの雑誌を閉じて、美夜は立ち上がり、部屋を後にした。

 母の元に寄り道し、最終的に辿り着いた先は、和花の自室である。

 ここに、和花を追い詰めるきっかけとなる物の手がかりを探しに来たのだ。

 もちろん、和花には見つからないように。

 部屋には必要最低限の物しかなく、寂しい印象を受けた。


(ずいぶんと粗末なところで寝ていること)


 美夜は鼻で笑いながら部屋を見回した。

 しかし、特にこれといった物はなにもない。


(まぁ、こんな汚い部屋に手がかりなどあるわけない……あれは?) 


 引き返そうとした美夜の目に、閉めきれていない押入れの襖の隙間から、ちらっとこの部屋には似つかわしくない鮮やかな青色の箱が見えた。

 引き寄せられるように近づき、襖を開け放ち、足元に置かれた青色の箱をそっと開けた。


「……!」


 中に入っていた物に、驚きで声をあげそうになったが、ぐっと堪え、まじまじと箱の中を見る。

 驚きが落ち着いた途端、言い表せない怒りが、再び美夜を包み込んだ。


「な、なによ、これ」 


 震える手で、黄色い簪を手にする。繊細な意匠が美しい、とても華やかな簪。


「こ、これがあの女の物だというの……」 

 和花の持ち物は、母と一緒に、随分前に全て取り上げていた。

 部屋の隅々まで確認し、全て取り上げていたというのに、まだ隠し持っていたというのか。


 いや、違う。

 簪や扇子、ハンカチーフと一緒に入っていた紙切れを広げて読んだ美夜は、事のあらましを理解した。 


(へぇ、お義姉さまと九条さまはずいぶん親しくされていたのね……)


 手にした紙切れを握りつぶす。紙は音を立てて形を無くした。 

「許せない。私の邪魔をする人間は、徹底的に排除しなくてはいけないわ。この紙切れのようにね。……あんなやつなんか、九条さまと釣り合うわけないのよ」


 蒼弥と仲良くなるべきは自分である。 

 いろんな人から可愛がられ、大切にされてきた自分こそふさわしいのだ。

 あの女に取られてたまるか。


「そうだ、良いことを思いついたわ。ふふっ」

 

 不気味な笑みを浮かべた美夜は、手の中のぐしゃぐしゃになった紙切れを投げ捨てた。

 

 


◇◇◇



 蒼弥と気持ちが通じ合ってから早くも三日が経とうとしていた。

 和花は今日も朝からせっせと働く。

 朝食の準備、片付け、洗濯に庭掃除。

 庭掃除中、部屋からとてつもなく鋭い視線を感じたが、蒼弥からの言葉を思い出し、見えないふりをした。 


 蒼弥は一週間でかたをつけてくれると言っていた。 本当ならあの夜、あのまま義父に話をつけに行っても良かったと言うが、準備をするから待っていて欲しいとお願いされたから了承した。


(準備ってなんのことかしら?)


 ふと疑問に思う。

 加納家に話をつけるための準備だろうか。はたまた、和花を九条家に受け入れるための準備なのか。


 どっちにしろ蒼弥が和花を裏切るはずがないのだから、大人しく待つことにした。

 あと少し。蒼弥信じて残りの日々を生き残ろうと決意した矢先、由紀の声が聞こえてきた。


「和花さん、ちょっとよろしいですか?」


 部屋の中から聞こえた声に、急いで中に入る。


「由紀さん、どうされましたか?」


「買い物に行きたいのですが、他の方は手が空いていないんです。奥さまに話はつけましたので、一緒に行ってくださいませんか?」


「……お義母さまが許可を出したのですか?」


「えぇ、そういえばいつもより随分とすんなり許可を出されましたねぇ」


「なぜでしょう」


「確かに、奥さまも美夜さまも少し気味が悪いくらいご機嫌がよろしかったですし……もしかしたら良いことでもあったのでしょうかね?」


「……」


 外に出られることは嬉しいが、なぜか胸騒ぎがする。

 和花が外に出ることを特に嫌がる義母が許可を出すなど普通ではない。


(お義母さまはなにを考えているのかしら?)


 ざわざわと胸の中は強風が吹き荒れている。

 それを抑えながら、和花は出かける用意を始めた。

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