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 使用人の由紀と共に賑わう街に出ていた和花だったが、心の中は靄がかかっていた。


(由紀さんに申し訳ないわ)


 隣を歩く由紀を、ちらと見る。

 義父からお直し用の糸を買いに出かける許可を得た和花だったが、出掛け先で他人を不快な気持ちにさせないよう、使用人の一人を見張り役として連れていくことを条件とされた。


 和花の見張り役として手を挙げてくれたのが、由紀だった。

 しかし、義父母らに目をつけられている和花と共に出かけるなど、何かあった時にどんな目に遭わされるか分からない。それなのに、名乗りをあげてくれた由紀に申し訳なさでいっぱいだった。


(私なんかのために……)


 家を出てから、そんな気持ちが和花の心を埋め尽くす。下手したら、自分のせいで使用人としての職を失うかもしれない。それなのに由紀は嫌な顔ひとつせず、今も「今日は暖かいですねぇ」と呑気に和花の隣を歩いていた。


「もう少しで手芸屋さんに着きますよ。って、和花さん。せっかく街へ来られたのに、なんて顔しているんですか?」


 まるで葬式にでも出ているかのような沈んだ顔をする和花を見て、由紀は声を上げた。

 道の真ん中だというのに足を止め、まじまじと和花の顔を見つめる。


「……なにかありました?」


 真っ直ぐな瞳に、和花は思わず目を逸らす。

 心配そうな目を向けられると、途端にどうして良いのか分からなくなった。

 家を出発する前に、他の使用人から向けられた好奇な目。

 由紀はそれに気付かなかったのだろうか。はたまた気付きはしたが、なにも感じなかったのだろうか。

 どちらにしても自分のせいだと思うと心苦しい。


「い、いえ……なんでもありません……」


「そんな思い詰めた顔をされて、なにもない訳ないじゃないですか」


「……」


 由紀の顔が見られず、和花は視線をうろうろとさせた。その間も由紀は和花を見つめてくる。


「……申し訳ありません」


 和花の口から飛び出したのは、謝罪の言葉だった。突然に謝罪され、「え?」と由紀の声が漏れる。


「……私と一緒に出かけたせいで、由紀さんに嫌な思いをさせてしまって、申し訳ありません……」


 ここが外だということも忘れ、和花は深々と頭を下げた。


「わ、和花さん!お顔を上げて下さい……!」


 慌てた由紀が和花の肩に触れ、顔を上げさせた。

 由紀は困ったように眉を下げている。


「なぜ、和花さんが謝るのですか?……私は私の意思で一緒にお出かけすることを決めました。和花さんが謝る必要はないんですよ?」


「で、ですが、他の方々からの視線もありましたし、なにかあればお義父さまになにを言われるか……」


「和花さん」


 身体の前で固く手を組んでいた和花の手を取り、由紀は笑った。和花の名を呼ぶ声、握られた手は柔らかく優しく、そして温かい。


「私は和花さんともっと仲良くなりたいです」


「え」


「使用人の私が、直斗さまの婚約者さまに対して仲良くなりたいとは失礼な発言だとは承知しています。ですが、もっと和花さんのことを知りたいです。なにが好きなのか、今なにを思っているのか。そして和花さんの笑った顔を見てみたいです」


「笑った顔……」 


 和花は自分の頬に手を当てた。

 ここ最近笑ったことがあっただろうか。

 嬉しいも楽しいも感じない日々に、いつのまにか口角の上げ方を忘れていた。


「でも私は臆病者です。旦那さまや奥さまの前では知らないふり、見ないふりをしてこういう時だけ味方をしても、不安にさせてしまいますよね」


「そ、それは仕方がないことだと……」


 由紀は一層眉を下げる。

 そんなの仕方がない。由紀だって生きていくために使用人として働かなくてはならないのだ。和花を庇って職を失ったり、働きづらくなったりした方が和花自身も胸が痛い。

 それなのに由紀はきっぱりと言い放つ。


「いいえ。もっと私に勇気があればと何度も思いました。陰でしか助けられませんが、私にとって和花さんはとても大切で、幸せになって欲しいと願ってやまない人です。だから今日は、今の時間は気を楽にしてお買い物しましょう?」


 口角は上がらないものの、和花の心はまるで春の日差しがさしたように、ぽかぽかとあたたかくなった。


「ありがとうございます、由紀さん」


「ふふ、早くお買い物を終わらせて、少し寄り道しましょう、和花さん」


「行きましょう」と和花に背を向けて進み出す由紀。その背中から優しさが滲み出ていて、さっきまでの不安が少し緩和された気がした。


(由紀さんは私には勿体無いくらい強くて素敵な方。私にそんなことを思ってくださるなんて……)


 少し嬉しいけど、どこかくすぐったい。不思議な感覚だった。




 お目当ての糸は手芸屋ですぐに手に入った。

 次いつ出掛けられるか分からないから、少し多めに購入する。

 手芸屋には珍しい色の糸や布地が置かれ、見ているだけで楽しかった。


「良いものがあって良かったですね」


「はい。ついたくさん買ってしまいました」


 表情こそ変わらないが、行きよりだいぶ言葉数が増えた。由紀も嬉しそうに会話を盛り上げてくれる。


 そんな時だった。目の前の店から見たことがある人が出て来て、和花は思わず目で追ってしまった。

 和花の視線は、目の前に立つ人に釘付けになる。


(あの方……)


 一瞬のうちに、昨夜のことが鮮明に思い出される。

 昨夜、初対面の場ではしたない姿を見せてしまった相手――九条蒼弥が、目の前にいたのだった。

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