運命の人-トシュテン
夜にしみ込んだ静けさに、家鳴りと火の粉が飛び散る音だけが聞こえる家の中。
トシュテンはベッドの上で仰向けになって眠るレリアの寝顔を見ていた。
彼女はいつも、羽を拡げて寝ている。真っ白な羽は見るたびにトシュテンの内に秘める欲を浄化してしまうような神聖さがあった。
しかしそれも今日で終わるだろう。この一ヶ月よく耐えた方だと、トシュテンは自分でも思った。我慢できずに彼女に触れて欲望を吐き出す日もあったが、それは仕方のないことだ。
レリアが見知らぬ男に駆け寄ったとき、もう辛抱ならないと思ったのだ。ならばレリアが悪い。いつまでもトシュテンから逃げることだけを考えて、全く目を向けてくれないのだから。
「知らない人についていかないと……言ったのに」
奴隷商人の一人がレリアを探しに戻ってきたことを部下の一人から知らされたときに、奴をさっさと処理しておけばよかったのだ。罪滅ぼしのために遺体だけでもみつけようと思っていたようだ。
しかしすぐに諦めて帰るだろうと思っていたのに、数週間も粘るとは思っていなかった。
あいつは随分慎重に行動していた。大方、雇い主にばれないようにと思っての事だろうが、そのせいで見失ってしまった。
トシュテンはそっとレリアに掛けられていた布団をはぎ取った。
「はあ……君が俺の目の前に、現れるから……」
頭では開放してやらないといけないと、母のようにしてはならないと分かっているのに、彼女が無邪気に誘惑してくる。本能が彼女を求めているのだ。
レリアの服に手をかけて、ゆっくりとその下の艶めかしい肌を露わにした。偶然にも下着を渡していなかったおかげで手早く脱がすことができる。
勝手に零れる笑みをわざわざ抑えようという気にはなれなかった。
「レリア、レリア……起きてるんでしょ?毎晩毎晩、俺が君に触れているの、知ってるんでしょ……?」
彼女の薄い瞼がふるりと震えた。
笑いがこみあげてきた。健気な彼女が愛おしくてたまらなかった。
トシュテンは壁にかかっていたナイフを取りに行き、そしてそのままレリアの体に馬乗りになった。
「早く起きて、レリア、早くしないと君の翼が……ふふ、なくなっちゃうかも」
戯れのようにナイフの先端をレリアの肌に沿わせて線を描くと、それに合わせるようにレリアの空色の目が開いてトシュテンを見た。涙に濡れた目は懇願するようにトシュテンを見ていた。
「や、やめてください……私の何が悪かったんですか……。この間からずっと……怖いです、怖い……どうしてしまったんですか?優しいトシュテンさんは、どこへ行ってしまったんですか……」
「君が、俺をこうしたんだよ。君のとこの言葉であったよね、なんだったっけ――ああ、そう!ファム・ファタル?」
レリアの目が見開かれた。そしてぽろぽろと涙を零して言った。
「わ、私……私は、そんなつもりじゃなくて……ごめんなさい…………」
「そんなに嫌?なら、俺たちは運命ってことにしようよ。それじゃ駄目かな?」
レリアはぐちゃぐちゃになった顔のまま、ごめんなさいと零して。
可哀想だと、思った。こんな男に好かれてしまって。
トシュテンはそのままレリアを抱きしめ、先程暴いた肌に食らいついた。
「きゃあっ!?」
レリアは抵抗しようと手をトシュテンの頭に添えて髪の毛を掴んだが、トシュテンの手にあるナイフが気になって強く力を加えられなかった。
まだ成長しきっていないレリアの体は、神聖さとなんとも形容しがたい背徳的な魅力があった。トシュテンはレリアの体をまさぐり続けた。
「やめてください!ごめんなさい!もう、運命でいいから、やめてください……」
トシュテンはレリアの下半身へ手を伸ばしたところで、動きを止めた。
「本当に?」
「はい、もう、いいです。だからやめてください」
ぽろぽろと涙を零し、鼻水でぐちゃぐちゃになっているレリアの顔は汚れていても愛らしかった。しかし、泣かせたのは自分だった。
無理矢理言わせたイエスは、嬉しくもあり興醒めでもあった。
しかし、それでもレリアが悪いのだ。
トシュテンはナイフを力強く握っていた手が白くなっているのに気が付いた。トシュテンはため息をつくと脱力して、ナイフを壁にかけ直した。
そしてぽかんとしているレリアの顔を見た。しかし見て見ぬふりをして、いつものようにソファで眠ったのだった。