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逃避




 その後も、二人は何度か市場へ行った。何事も無かったかのように見えたが、レリアの不安は募る一方だった。


 レリアを訝しむ目線と、ウリカの噂。どちらもウリカが姿を消したせいだ。この間なんか、直接、トシュテンの目を盗んで「泥棒猫」なんて言われた。怒りよりも恐怖の方が勝った。


 もしかしたら、トシュテンはなにかを隠しているかもしれない。その、恐怖と不安。


 トシュテンは円満に婚約を解消したと言っていたが、町の人々はまだトシュテンとウリカが婚約していると思っているようだった。つまり、本当は婚約解消なんかされていないのではないだろうか。そうでなかったらレリアに非難が来るはずないのだから。


 編み物をするレリアを見つめる目の前の男が、無性に恐ろしく思えた。


 すぐにここから出ていかなくてはならないという気持ちがより一層強くなっていった。

 



 時が経つにつれて、トシュテンはレリアに触れることを憚らなくなっていった。「綺麗だ」と言って翼に触れるトシュテンの恍惚とした目がより恐怖を煽った。


 彼は親愛のしるしかのようにどこへでもキスをするが、いやらしく腰や頭に手を添えてくるのが恐ろしくてたまらなかった。


 レリアが眠っているところをじっと見てくるのも気色が悪かった。最初は気のせいかと思って気にしていなかった。しかし全くもって気のせいなどではなかった。彼は毎晩のように枕元に立ってレリアの体の至るとこに顔を近付けて、そして匂いを嗅ぐのだ。時たま、恐る恐るといった風に体に触れては苦しそうに何度か息を漏らして、その場から去るのだ。


 初めて会った時のあの安心感はいつの間にか消え失せ、彼の傍は全く安心できないものになっていた。


 早く逃げねばと思う一方で、その方法がないことは重々承知していた。


 今の自分は何も持たずに異国へ来て、しかも奴隷の刻印のあるただの小娘なのだ。誰がレリアを助けてくれようか。もし助けてくれるとしたら、この目の前の男だけなのだろうと、レリアは一種の諦念(たいねん)を抱いていた。

 



 「雪が止まない」とぼやいたその日のこと。トシュテンはレリアを思ってか再び市場へ連れていった。


 しかしレリアにとってそこは好奇心が向ける場所ではなく、ただ敵意を向けてくる人しかいない場所になっていた。

 今日もトシュテンのに引っ付いて歩くだけの日だと、思っていた。



「あ、あんた…………!」



 目を見開いて、幽霊でも見たかのような反応をする男に、レリアは見覚えがあった。


 あの時、レリアの羽根を優しく毟ってくれた男だった。



「あっ……!」



 レリアに一筋の光が差し込んだ。彼なら、彼なら助け出してくれるかもしれないと――。



 また、故郷に帰って元通りになるだろうと。



 レリアは迂闊にもその男に駆け寄ろうとした。



 勿論トシュテンは見逃さなかった。自分の元から逃げようとするレリアを、決して許そうとしなかった。



 ああだこうだとうじうじ考えていた。レリアは自由にのびのびと故郷で暮らし、こんな寒いところで暮らすべきではないと。



 しかし気が変わった。



 すぐさまレリアの細腰を腕で抱えて、耳元で出来る限り優しく囁いた。



「……知り合い?」



 レリアは息を呑んだ。日に照らされた金髪は輝いているのに、海のように深い目は昏く、レリアをじっと見つめていたのだ。



「違うよね」



 レリアは力無く頷いた。





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