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 レリアが目を覚ますと、そこは前にいた部屋とは違うものの豪華な部屋だった。


 レリアは痛んでいたはずの腹に触れた。するとすぐ横で声がした。



「激しい運動をしたからだって。子宮から血が出たけれど、特になんの異常もないって」



 レリアは彼が次に何を言うか分かっていた。


 いっそのこと、不妊になればよかったのに。子供はジェルヴェとの子だけで十分だった。天使は一人だけでいいのに。



「次は俺の子を産んでよ」



「そ、それは……」



 レリアは口を噤んだ。肯定も否定もしたくなかった。余計なことを言って、また恐ろしい目にあいたくなかったのだ。



「…………」



 レリアはトシュテンに触れられた手が段々冷たくなっていくのがわかった。いつまでこれが続くのだろうと思いながら。



「……しばらく体を休めて」



 レリアはトシュテンのふと見せる優しさが苦手だった。取り繕ったものではなく、心の底からレリアを愛しんでいるようで居心地が悪かった。昔なら何の疑いも持たずただ優しさを享受するだけでよかったが、本性を知った今となってはただただ、気持ち悪い。



「それから考えよう」



 トシュテンは声を強張らせ、まるでレリアを気遣うように静かに部屋を出た。





 トシュテンは毎日のようにレリアのいる部屋へ入り浸った。頼んでもいないプレゼントを渡された。高級品や少女趣味のそれにどう反応したら良いのか分からなかったが、レリアは必ずトシュテンの顔色を窺わなければならなかった。


 ある日、いつものようにベッドの上で体を起こし、とぎれとぎれに話しかけてくるトシュテンの相手をしていた時。突然扉がノックされた。



「失礼します」



 若い女の人の声だった。使用人はトシュテンがいるときには入ってこないのに、誰が来たのかレリアは身を乗り出して扉の方を見た。扉が開くと随分と着飾られた金髪の女性が入ってきた。


 レリアが首を傾げていると、トシュテンが非難するような声で言った。



「許可していない」



「私の家です。なぜあなたに許可を取らねばならないのですか?」



 トシュテンは小さく舌打ちをして、目を剥いているレリアに笑いかけた。レリアはトシュテンがその二面性を隠さなくなってきたのにぞっとした。どうにか悟られないようにしようとしても、身体が言うことを聞かず震えだす。



「……その方と、お話がしたいのですが」



 レリアは彼女の目に浮かぶものが、嫉妬や怒りではなく憐憫であることに気が付いた。この人なら助けてくれるかもしれないと思った。



「ト、トシュテンさん……私もお話してみたいです」



 握られた手にぐっと力が込められた。



「……いいよ」



 トシュテンは決してレリアのそばを動こうとしなかった。会話にのめり込むたびに、トシュテンに手の甲をつねられた。レリアは顔をしかめかけたが、何とか堪えて目の前の彼女を縋るような目で見た。しかし彼女は申し訳なさそうに唇を噛むだけだった。


 権力者とはなんて恐ろしいものなのだろう。






「私だってあんなイカレ野郎と結婚なんてするつもりなかったのに!さも自分は不幸ですというような顔をして……全く、忌々しい野郎ですわ!」



「ソフィア様、うふふ……言い過ぎです」



「このくらい言わないと腹の虫がおさまりませんもの!レリア、貴女もいっていいのですよ?」



 それから半年ほどたって、レリアは彼女とすっかり仲良くなった。彼女からおトシュテンがしゃべろうとしなかった話をすべて聞いた。三年前に結婚したこと、レリアがいなくなってから陰険さに拍車がかかって鬱陶しいこと、それから息子がいること。


 彼女は王女だったというが、そうとは思えないほど気軽に接することができた。それに彼女は潔く芯のある性格で、レリアは自分にないものを持っている彼女にあこがれた。


 このように談笑できるのも、トシュテンが続けて外交官として働いているおかげである。レリアを不憫に思っている使用人は決してトシュテンに今の状況を報告しようとしない。居心地の良い場所だった。


 しかし未だにミュリエルとは会えなかった。嘘をつくことを知らない子供をごまかすことができないのだろう。レリアと会ってレリアを恋しがり始めたら咎められてしまう。それでも、胸が張って痛むたびに、レリアはミュリエルを思い出した。


 トシュテンは半年の間、度々帰って来てはいた。しかしある日、同盟を結び終えたと言って帰って来た日から、屋敷にずっといるようになった。


 レリアはつかの間の平穏を再びトシュテンによって奪われてしまった。





「ミュリエルに会わせてください!」



 トシュテンが帰ってきてから数週間後のこと、レリアはトシュテンと言い争っていた。ソフィアの影響もあって、レリアは自分の意見を口に出すようになったのだ。


 トシュテンはいつになく意思の固いレリアに辟易していた。



「だって、君が……」



「信じられませんか?私はこの半年間、一度も逃げようとしませんでした」



 トシュテンは黙り込んで、レリアの冷たい手を取った。そしてそれを自分の頬や唇に当てながら言った。



「じゃあ、会わせてあげる。その代わり――君の羽をちょうだい」



「は、はね……?」



 レリアは顔を青ざめさせて、トシュテンに取られた手を引き剥がそうと力を込めて引っ張った。しかし手はびくともせず、トシュテンはレリアの手のひらにキスし続けた。



「そう、羽……」



「なっ、どうして……?」



「父さんもそうしたから。君たちにとって、羽は特別な意味や機能があるのかなって……それなら、ない方がいいよね?」



「い、いいわけ……ありませ、ん……」



 有翼人にとって、羽とは飛ぶための誇り高い道具であり、愛を示すために使われるものでもある。有翼人は翼で愛する人を抱きしめて、愛を示すのだ。


 それがなくなるなんて良いわけがない。



「それなら、ずっとこのまま俺と一緒だ」



「いっ、嫌です!!」



「選びなよ」



 トシュテンはレリアの手を無理矢理絡めとって、うっとりと笑った。



「子供を産んで俺とあの小屋で一生暮らすか、羽を切り落として君の子に会うか」



 レリアは選んだ。



 トシュテンを睨み付け、憎悪をこめて言い放った。



「…………は、ねを……切り落としてっ、くださいっ……」



 トシュテンは笑った。にっこりと笑った。そして見覚えのあるナイフを、どこに隠していたのかすぐに取り出した。


 そしてレリアの着ていたワンピースを正面から切り裂き、途中からは手で破って脱がした。激しい息遣いだけがレリアの耳を占領する。


 ぎゅっと目をつぶり、これから起こる惨事に目を背けようとした。しかし、トシュテンが不意に笑った。



「はは……レリア、母乳が垂れてる……」



 羞恥で顔がかっと熱くなった。レリアはすぐに胸を手で隠すと自らベッドの上に乗り、早く切れと急かすようにトシュテンを睨みつけた。



「待ってよ、一回君の体液を飲んでみたかったんだ」



「いやっ!だめです!やめてください!服を返してっ……」



 レリアは抵抗しようとしたが、まさにまな板の上の鯉であった。トシュテンはレリアを押し倒した。


 羽を差し出すだけでも相当なものなのに、どうしてこんな屈辱を味わわなければならないのだろうか?



「いい加減にしてください!体を許した覚えはありませんっ……!」



 レリアはどさくさに紛れてトシュテンの手にあったナイフを奪い取った。目の前のレリアに夢中になっていたトシュテンは油断していたのだ。



「自分でやります」



 刃の先を自分に向け、レリアは覚悟を決めたように強い眼差しでトシュテンを見た。



「ご、ごめん、レリア……で、でも俺がやらないときっと痛いよ?」



「構いません」



 レリアはトシュテンから距離を取り、思い切って自分の後ろにある羽を掴み、刃を入れた。


 大した痛みではないと思っていたが、自分の体の一部を失うのは案外痛いものだった。レリアは痛みを耐えるため唸った。ゴリゴリと骨を削ろうとするも、角度が悪くて上手くいかない。



「うっ……!」



 切り損ねる度に痛みが増していく。レリアはそれでも諦めずにナイフを動かし続けた。



「俺がやるよ」



 レリアが疲れて手を休めるのを見計らって、トシュテンはレリアの手に自分の手を上から重ねてレリアをうつ伏せにして押し倒した。そのままレリアの手からナイフを奪うと、レリアの羽の根っこの部分を掴んで力いっぱい折り曲げた。



「うっ、ううっ……!」



 レリアの羽が暴れだして、抜け落ちた羽根が部屋に舞い落ちる。


 もう片方の羽も同じようにすると、トシュテンは意を決して、レリアの羽に刃を入れた。


 レリアがやった時よりも、随分と順調に羽は切り落とされた。白い羽の根元が血で染まり、羽が生えていた所からも血が溢れていた。



 堕天したようだと思った。



 トシュテンはベッドの上で横たわるただの()()の二の腕に未だ刻まれている刻印を見た。



 それは、二人を繋いだ奇跡の印だった。





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