全てのはじまり
母の忠告を聞かず、村を離れてのこのこと人の街へと赴いたのが事の始まりだった。
ある日、レリアは友人から聞いた独特な工芸品見たさに人の住む街へ行った。
レリアは世にも珍しい有翼人であった。背中から白い大ぶりの羽を生やした、珍しい種族。彼らは互いに身を寄せコミュニティを築き、山奥でひっそりと暮らしていた。基本的に人里へ降りて来ることはなく食料や衣服などは自給自足で事足りていた。
そのため人に比べて文明のレベルが低く、不便な生活を強いられていた。彼ら人の持つ素晴らしい技術について知っていたが、人と関われば災いが降りかかると知っていたため決して人里へ降りることは無かった。
一部の若者を除いて。
怖いもの知らずの若者たちは背中の翼を折りたたみ、体をすっぽりと隠すローブを羽織って人の住む街へと度々出向いていた。人の作る便利な道具や美味しい食べ物を求める何人もの若い有翼人がいた。レリアもそのうちの一人だった。
「それでね……綺麗な柄をした赤い馬の変なおもちゃがあったのよ!」
レリアは只今街から帰ってきた友人の土産話に耳を傾けている最中、その独特なおもちゃとやらに興味を引かれた。そして最近は人の村へ行っていないことを思い出した。久しぶりに行って、ついでにその珍しい品を見てこようと出かける準備をしていた。何度も母に止められた。
今思えば、ここで辞めておけば良かったのだ。どうしていつも温厚な母が鬼の形相で必死に止めていたのか少しでも違和感を持てばよかった。
レリアはいつもなら優しい母に否定されたのがショックで、むきになって母の言うことを聞かず飛び出すように家を出た。そしてそのまま走り出し、街へと向かった。
「……うわあ」
街に行く途中、花火が何発も夜空へ打ち上がり人々を照らしていた。レリアは初めて見るその光景に夢中になりながらも歩く足を止めることはなかった。
今日はお祭りの日らしい。
老若男女が街中の露店や大道芸を楽しんでいる。ローブを被っているため不審な姿をしているであろうレリアに対しても寛容で、干し肉やパンをタダでくれた。
レリアは貰った食べ物を少しずつかじりながら、人の匂いや食べ物の匂いが充満する街の中を練り歩いた。目当ては例のおもちゃを売っている店である。稼げるお祭りの間に出店しない店などないと睨んだレリアは目当ての店を右往左往する群衆に流されながら探した。
しかし人混みに全く慣れていないレリアは店を探す間もなく人の波に攫われ、あっという間に大通りからは逸れて暗い雰囲気の小道へと迷い込んでしまった。
人気のないそこは、ガラの悪い男や虚ろな目をした女が屯していた。レリアは本能的に恐怖を感じとり、すぐさま人混みの中に戻ろうとしたが、人に押しに押し返され叶わなかった。
そしてその弾みにレリアは転び、運悪くローブが捲れてレリアの真っ白な羽が顕になってしまった。
突き刺さる目線はまるで狩人のような鋭い眼光であった。レリアは自分がその獲物であると錯覚しかけたが、それは錯覚などではなく実際にレリア自身が獲物であった。
じりじりと、大柄な男がレリアに近付く。レリアは間合いを取るために後退りしたが、後ろは人混みで逃げることなど到底できそうになかった。まるで、人の熱気がレリアを拒否しているようであった。
「逃げたぞ!」
レリアは小柄な体を活かして人と人との隙間を潜り抜け、小道の奥へと走った。人気のないところで飛び立ち、村へ帰ろうという算段であった。薄暗く、まともな明かりもない狭い道を後ろから迫る小汚い恰好をした男女に追いかけながら逃げた。
「あっ――」
道に転がっていたビール瓶に足をとられ、レリアは派手に転んだ。すぐさま立ち上がろうとした。しかしレリアは立ち上がる前に腕を強く掴まれた。
捕まえたぞと、最初に追いかけてきていた大柄な男がレリアの腕を強く掴んでそう言った。
ああ、終わった。
これから何をされるか想像もつかなかったが、二度と故郷には帰ることができないのだと直感していた。
「しかし有翼人なんてよく見つけてきたな」
手のひらから少し溢れるほどの麻袋を手渡した男は、ひげを撫でながらそう言った。
「へへ、こいつ祭りの日にのこのことやってきたんですよ」
「馬鹿だなぁ、お前も」
レリアは小汚いでぶに面と向かってそう言われ、猿轡をかまされた口から低い唸り声を出した。しかし精一杯の威嚇はその太った男に大声で怒鳴られ、いなされた。
きつく縛られた縄はぐるぐるとレリアの体を何周もしていて、手と足はそれと別に同じく縛られていた。レリアの力では、到底解けそうになかった。
レリアが身をよじる度に麻でできた縄が肌にくい込んで、ほつれた繊維が柔肌を傷付けた。ちくちくと痛むのも構わず、レリアはめげずに縄を解こうともがいていた。
レリアがしばらくそうしていると、突然檻の中に例のでぶが入ってきた。
「暴れると変なところを切っちまうかもしれないから動くなよ」
手には大ぶりのはさみが握られており、レリアは思わず背中の羽を折り畳んだ。
有翼人も鳥と同じように風切羽を失うとバランスを崩して飛ぶことが出来なくなってしまう。換毛期まではまだ長い。
レリアは羽を切られまいと何とか抵抗しようと試みたが、それは徒労に終わった。
見栄えが悪くならないようにと、外側にある羽を何枚か選んで無残にもはさみで截ち切った。レリアは嚙まされた布の中で泣き叫び、背中の羽を激しく暴れさせた。しかし羽だけの抵抗は意味をなさずあっさりとでぶの手に捕まえられた。
じっとりと臭う人の汗のにおいと部屋の中の黴臭さすら気にならないほど、レリアは必至だった。
そして抵抗もむなしく、もう片方の羽根も切られてしまった。
「そんなんで泣いてたら次はどうなっちまうんだ?」
そう言って目の前にかざされたのは、熱され赤くなった鉄だった。それを見た途端、レリアは一瞬だけ泣き止み、そのあとひどく絶望した。
その鉄に反転して書かれていた文字は、奴隷を意味していたからだ。
露出していた二の腕に熱い鉄が近づいてくる。レリアはなすすべもなく真っ赤な鉄を押し付けられた。
焦げた匂いと肉を焼く音をかき消すようにレリアが絶叫した。痛みのあまり脂汗が吹き出し、暴れるたびに髪の毛が鉄に触れて焦げ落ちる。
しかしいくら拒絶しようとも、鉄はじゅうじゅうと音を立ててレリアの白い肌に消えない印を刻み込んだ。