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15 魔女の開戦(終曲)

 それは、前が見えないほどの吹雪の日だった。


 エルナト山の中腹――フィーレント神聖帝国【正教団】の拠点に張られた天幕の中で、兵士たちはひとところに集まり凍えて過ごしている。


 なぜなら入念に準備していたはずの燃料がほぼ底をつきかけているからだった。

 持ち込んでいた食料も含め、忽然と物資が姿を消したのは二日前。それ以降、残りの燃料を節約に節約を重ねて利用していたが、ついにはこの天幕の中しか、暖を取れる場所がなくなった。


 最初のうちは下級兵は各自の天幕で待機とし、人肌で暖を取れと命じていたのだが翌朝、凍え死んだ多くの部下を目にし、指揮官は考えを改めた。

 小さな火を求め、定員をはるかに超過した人数の男たちが密集している。

 遠征部隊の指揮官はこの緊急事態をどう乗り切るのか判断を求められ、部下からの恨みがましい視線を何度も浴びてきた。フィーレント帝国に近い野営地に分散して待機させていた補給部隊との連絡も、おそらくは吹雪の影響で途絶えてしまい、追加支援を求めることもかなわない。どうしたものか――歯噛みしながらも、頭を回転させようとするが、寒さのあまり思考がいつも同じところで停滞してしまう。


 そのとき、天幕の外で轟音が響いた。雪崩でも起きたか、と慌てて兵士たちが天幕の外に転がるようにして出て行った――直後、悲鳴が上がる。

 異様な気配がこの天幕の外に漂っている。中に残った数名と視線を合わせ、固唾を呑んでようすを見守っていた。

 しばらくして静かになったあとで、兵士たちと共に指揮官も外に出た。


「う……っ!」


 漂うのは鉄錆のにおい。

 外に出て行った多くの部下が、雪原の上に倒れ伏している。雪の上にまき散らされた彼らの血が一瞬で凍り、紅い花のように咲き乱れていた。


 積み重なった数多の躯の前に立っていたのは女だった。

 遠目から見ても長身の美女であると知れる。

 特徴的なのは高く結い上げられた赤髪と翠眼――猛々しい焔と鬱蒼と茂る森を思わせる。纏う漆黒の甲冑と相まって、この麗人は荒れ狂う吹雪の雪山にはひどく場違いに思えた。まるで空腹と寒さから幻覚でも見ているのではないか、とさえ思えてくる。震える声で指揮官は叫んだ。


「貴様何者だ!」

「我が名はアリス――死の闇より蘇った【炎獄の魔女】なり」


 くつくつと喉奥を鳴らすように女が笑う。その姿を目にしているだけで、背筋がぞっと寒くなる。それなのに彼女の人外じみた美貌に魅入られたかのように手足が動かなかった。他の部下も同じように、ただ茫然と立ち尽くしている。


「貴様らに地獄の焔花を見せてやろう」

 死にたい者は我の前に立つがよい、そう言って魔女は嫣然と微笑った。

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