第一話 襲来と目覚め
現在連載している、武勇のアキレアのタイトルを変え、第三話までを一セットにしたバージョンです。
目が覚めたのは、病院のベッドの上だった。
静かな病室の中には、ピッピッという無機質な医療機器の音だけが響いている。
またか。
またなのか。
心の中に封印されていた、三年前「あの」記憶が強制的にフラッシュバックする。
忌々しい、記憶。
前と同じだ。幸せが、一瞬にして全て砕け散る。
そして残るのは、残されるのは自分だけ。
「シオンちゃん…」
アリの足音より小さな呟きと見回りの看護師が部屋に入ってくるのは、ほぼ同時であった。
久しぶりの外の空気を少し吸い込み、私は車の助手席に乗り込んだ。
「…大変、だったわね、モモちゃん」
「はい…」
「それに…シオンちゃんも…」
今からちょうど三週間前、私、太呂川 桃と私の彼女、御仁島 紫媛で一緒に映画を観に、近くのショッピングセンターに来ていた。
それが、間違いだった。
ショッピングセンター内のフードコートでお昼ご飯を食べているとき、「それ」は起こってしまった。
空気が重くなるのを肌で感じ、イヤな予感がした次の瞬間、フードコートのある二階フロア全体が一瞬にして崩壊したのである。
そこで私は、気を失ってしまったが、どうやらその後他のフロアも全て崩壊。最後にはショッピングセンター全てが崩壊し、日曜日だったこともあり、死者は数千人に及んだらしい。
つまり今生き残れている私は、超絶ラッキーということになるが、やはり人生。全てが上手くいくわけがないのだ。
――三週間経った今でも、シオンちゃんの安否の確認が取れてないのである。
何も、シオンちゃんについての情報が得られぬうちに、こうして退院の日を迎えてしまった。
あまりにも大きすぎる建物のため瓦礫を片付ける工事が完璧に終わっておらず、そのため可能性として一番高いのが…
何千トンあるかもわからないような瓦礫の下敷きになっている。
もちろん、私はこの事実を簡単に飲み込めなかった。飲み込めるワケがないのだ。
私は泣いた。
無限に溢れて出る、とてつもない悲しみを「涙」という形でしかアウトプットすることができなかった。
朝も、昼も、夜も、寝ずにただ溢れて来る悲しみを外に排出することだけに努めた。
「もう、大丈夫、です。私のことも…シオンちゃんのことも…」
「そう…」
「いつもありがとございます。香織叔母さん。迷惑、ばかりかけちゃって」
「いいのよ。陽菜乃達の残したたった一人の子供なんですもの」
陽菜乃は、私の母親の名だ。そして香織叔母さんは私の母の姉にあたる。
性格も声も優しく、顔もそこそこであるが、出逢いには恵まれていなかったらしく、現在も独身を貫き通している。
祖父と祖母は、母方父方両方、自分が小さいときに死んでしまったため、唯一の家族といってもいい。
「よーし、到着〜。また何かあったら言ってね。いつでも相談乗るからさ」
「ありがとうございました。また、何かあったらよろしくお願いします」
「それじゃあ、また。バイバイ、モモちゃん」
そうして、私を降ろした叔母さんは、車を発進させ家に帰って行った。
私は、叔母さんの車が見えなくなるまで手を振り続けた。まだ腕は、微かに痛む。
久しぶりの我が家だが、変わったところはない。
強いていうのであれば草が伸びたくらいだ。
「ただいま」
言ってはみたものの、この家には私以外、もう誰も住んでいない。
靴を脱ぎ、廊下を少し歩き、リビングの電気をつける。少し喉が渇いたので、台所に足を進める。
棚からコップを取り出す。そこまで、汚れていないのだろうが、気持ち的な問題で少し洗い、水道水を飲む。
喉は潤ったが、もっと他のナニかの渇きは、当分、
いや違う。
考えたくは無いが、それは、一生潤うことはないのかもしれない。
ソファに座り、ぼーっとしていると、思い出したくない記憶が、勝手に蘇って来る。
三年前のことだ。
あの日は、家族で久しぶりの旅行に行っていたのだ。
両親と姉、そして私。
私と姉の進学と、父の昇進で減ってしまっていた、貴重な家族の時間。
その、失われてしまった時間を着実に取り戻していった。幸せだった。
だがしかし、幸せの真っ只中に「それ」は起こってしまった。
「きゃぁぁ、建物が!」
「お父さん、何あれっ」
「今はそんなことはいい!逃げるぞ!うん?あっ」
建物が訳もわからず急に崩れ始め、人が宙を舞い、その中にはかつて人間だったモノも混ざっていた。
最終的には――
原因不明の大爆発が起こり、全てを消し飛ばしてしまった。
そのときも、生き残ったのも私だけ。
身体には、傷が残ったが、今回の事件で、どれがどっちの事件でついた傷かわからなくなってしまった。
母は右手、姉は左足だけがかろうじて残り、父に至っては何も残らなかった。
因みに今この地域は、接近するだけで命を落とす、とても危険な汚染区域になっているらしい。
「はぁ」
ダメだ。
何かをしていないと、自分が勝手に、自分の精神を苦しめてしまう。
けれど、私にはもう、何かをする気力は、残っていない。すっからかんだ。
この凄惨な事件は、私の心を壊すには充分すぎた。
その心も、なんとか、シオンちゃんという存在そのものを精神的な柱とすることによって、なんとか修復されてきていたのだが、その支えを失ってしまったことで――
「……死んだら、みんなに、会えるのかな?」
私の心は、完全に壊れてしまった。
「ふぁあ、うーん。あ、朝か」
カーテンから漏れる、淡い光によって、朝だということを察する。
「うぅ。スマホ、スマホ。どこやったっけ…」
……
「あぁ、どっかいっちゃったんだった」
昨日は、ただぼーっとして、壊れた心をさらにすり減らすだけすり減らして、そのままソファで寝てしまったようだ。
朝には、希望が溢れていた。シオンちゃんと、教室で、朝会うことを考えるだけで、眠気は全て吹き飛んでしまった。
けれど、今は違う。
何もないのだ。朝だろうが、昼だろうが、夜だろうが。
愛していた人間を全て失ってしまった私にとって、もう残っているものは何も無い。
時刻は、早朝、5時。まだ朝のニュース番組が始まったばっかだ。
適当に、リモコンをポチポチしたが、大体のどの局も同じようなニュース番組だ。
「……」
「……」
「…死のう」
今、私が生きている意味なんてものは無い。
ただ、惰性で生きているだけ。
なら、希望もへったくれもないこの現世より、あるかもわからない死後の世界…天国とか地獄に賭けたほうがいいんじゃないのかとも思えてくる。
私は、その死後の世界とやらでシオンちゃんと暮らすことに賭けてみることにした。
ただ、「死ぬ」といってもいろんな死に方がある。例えば一番オーソドックスなやり方は、やはり飛び降りではないだろうか。
「飛び降り…」
死に方なんて特に関係ないだろう。別に痛くても一瞬だ。痛いのには、慣れている。
問題はどこで飛ぶかだが、
「飛び降り…飛び降り…」
思いついてしまった。
あるじゃないか。
ある程度の高さがあり、そして、私が死ぬのに最適な場所が。
そうとなったら、善は急げだ。これが善であるかどうかは知らないが。
それにしても、少しお腹が空いた。
昨日から何も食べていないから、当然である。
「腹が減っては、自害はできぬ、か」
「確か、冷蔵庫に…あったあった」
冷蔵庫から、食べかけのシリアルを取り出し、皿に食べる分だけ出す。
「はむっ、うんうん」
これが最後の食事であるが、別にいままで食べたシリアルと何ら変わりのない味だった。
どうやら、心のありようで、味が変わるということは無いようだ。
…どうせ最後なんだし、もう少し良いもの食べればよかったかな?
まぁいいや。
そんなことは、もうどうでもいい。黙々と、シリアルを食べ続ける私。
皿の中に山を作っていたシリアルは、全て私の腹の中に入った。
あと、何かすることあったっけ。死ぬ前に。
うーん。
あっそうだ。
こういうのって、遺書とか書くべきなのかな。
「一応、書いておくか。」
棚から、適当な紙とボールペンを引っ張り出して、適当に書いてみた。
もう、生きている意味がないから死を選んだこと。また、おばさんに迷惑をかけることを許してほしいということ。
まぁ、遺書なんてこんなものだろう。
よし、もうこれでいいや。行こう。
テーブルの上に、今書いた遺書(適当)を置き、玄関に向かう。
おっと。
その前にリビングの電気を消す。
まぁ、別にもうどうでもいいんだけど。
外に出ると、鳥のさえずりと、優しい陽の光が、体を包む。
「うーん、絶好の自害日和〜」
ここまでくると、もう逆にハイになってしまう。
そのまま、自転車にまたがって、目的地に走り出す。
ヘルメットは、しなかった。だって、今から死にに行くのに、命守ろうとしてもしょうがないんじゃないかな。
この、何もない家の近所を見るのもこれで最後か…
ここら辺、シオンちゃんと一緒に、よく歩いたっけ。幸せだったな。
そんなことを考えているうちに、着いてしまった。
私の死に場所に一番相応しい地。
――シオンちゃんに、告白された場所に。
「モモちゃん!私、モモちゃんのことが好き!」
「私、モモちゃんが不安な顔するのがとても嫌なの」
「だから!私は、モモちゃんが不安にならないように、一人にならないようにしたい。ずっとそばにいたい!」
「親友じゃなくて、恋人として」
「私が彼女じゃ、ダメかな?」
忘れることなど、できる訳がない。
半年前。まだ、冬の寒さが残っていたときのことだ。
私は、この橋の上でシオンちゃんに告白された。
中学校から友達になり、親友と呼べるような仲にまでなった私達は、二人で同じ高校を受験し、見事合格。
そのときは、二人で抱き合って喜んだものだ。
家族がみんな死んでしまったときも、誰よりも私のことを心配してくれた「親友」だった。
あの日、私はシオンちゃんに告白された。
とても嬉しかった。
とてもとても嬉しかった。あのとき、私は、産まれて初めて嬉しくて涙を流した。
こんなにも、自分のことを想ってくれる人がいるのか、そしてそんな私は、なんて幸せなんだろうかと。
私は、泣きながらOKをした。そうしたら、シオンちゃんまで泣き出してしまったのをよく覚えている。
そのときから、シオンちゃんと私との関係は、「親友」ではなく、「恋人」になった。
私の、数ある絶対に忘れることのできない思い出の中で、唯一と言っていいほどの「幸せ」な思い出だ。
そんな、二人の思い出の場所で、私は今から命を断つ。
下は川で、かなりの高さがある。これなら多分、確実に死ぬことができるだろう。
橋の柵から体を乗り出し、下を見る。流れは、少し早いくらいだろうか。
それにしても高いな。
ちょっと、怖…いや、全然怖くないな!
嘘だ。ホントは怖い。怖くないと自分に言い聞かせるだけだ。
どうしたモモ!さっきまで、あんなに死ぬ気満々だったじゃないか!怖くないだろう?今からシオンちゃんに会いに行くんだから!
そんな無意味な自問自答を繰り返していたが、遂に覚悟を決める。
「はぁー」
「逝くか、」
柵に。片足をかけようとしたそのとき。
ブォン。
ガキンッ。
「は?」
真横から何か変な音がした。
一つは風を切るような音。もう一つは、金属音のような音がした。
恐る恐る右を向くが、右には何もなかった。
今度は、左を向くと、そこには…
真っ黒な棒のようなモノが地面にブッ刺さっていた。
自分の体との距離は、ほんの十数センチ。先端は、明らかに尖っていて槍のようだ。
これは何だ?
そのまま視線を上に上げると、何やら人影のようなものが見える。
あれは、女の子か?
「あれ?外しちゃった〜。てゆーか、あの娘メッチャカワイイじゃん。タイプだわ〜」
「パパっと刺して捕まえちゃお!今日からあの娘は私の彼女だ!」
「『武創』 醒操鬼槍っ」
少女の手に、黒い気が集まってゆく。
それは、一本の黒い槍へと姿を変えた。




