第30話:黄昏の祝福
「ミランさん、持続性の回復薬を持ってきましたよ」
「ありがとうございます!」
屋敷の中に通された3人のうち、クロスケがミランに声をかけた。
慌てている様子のミランが、礼を述べて現状を伝える。
「陣痛が始まってすぐ妻が気を失ってしまって、侍女と産婆が必死で起こそうとしているところなんです」
ミランの背後の扉は開いていて、ベッドに寝かされている若い女性に呼びかけている年配の女性と侍女の姿が見えた。
「意識があるうちに回復薬を飲ませようとしたのですが、全部吐いてしまって…」
「産む直前までつわりがある体質ね」
またも猫ロミュラが従魔部屋から出て来る。
「薬が飲めないなら、直接魔法をかけてあげたらいいわ」
ロミュラはソレミアを見上げ、それからエリシオへと視線を巡らせた。
姉弟は頷いてその視線に応えた。
ミランが室内にいる人々に声をかけ、2人が治療に入る事を告げる。
「お願いします!」
産婆と侍女が頭を下げて、患者から離れた。
ベッドに横たわるペンタイア夫人は、土気色の顔で苦しそうな呼吸をしていた。
意識が無いのでいきみによる腹圧がかからず、赤ちゃんが産道を下りてくる事が出来ずにいる。
ソレミアは自身が放つ光が患者に当たらない位置で魔法を起動する。
範囲は絞り、自分の片手の周囲のみに燐光を纏わせる。
光の祝福、解放待ち
続いてエリシオがソレミアの手に自分の片手をかざし、魔法を発動させる。
光を闇に、属性を変える特殊魔法を被せた。
属性変換魔法、付与
ソレミアの手の燐光が、白金色から緑色へと変化した。
そして、属性が変わった聖女の神聖魔法が起動する。
闇属性回復魔法:黄昏の祝福、発動!
ペンタイア夫人の身体を、蛍のような緑の燐光が包んだ。
一方、クロスケは一旦研究室へ戻り、飲み薬として作った魔法薬を点滴用に加工し始める。
そうすれば吐き気がある人に薬を投与出来る。
点滴は元々この世界には無い医療技術だが、日本からの転移者の中に医者がいて、情報を提供し学園に医学が伝えられていた。
皮下点滴くらいならクロスケも可能な技術を得ている。
「ありがとうございます。お二人はプルミエの王族の方ですよね?」
黄昏の祝福で回復して意識が戻ったペンタイア夫人が問う。
持続回復のおかげで陣痛や出血による苦痛は大幅に軽減され、会話出来るほどになった。
「ソレミアと呼んでくれたら良いわ」
「僕はエリシオ、名前で呼んでいいよ」
「分かりました。わたくしはナタルマと申します」
それぞれファーストネームを伝え、以降はその名で呼び合う事となる。
黄昏の祝福の効果は絶大で、ナタルマは無事に元気な赤子を出産した。
「無事に産まれて良かったですね」
「はい」
クロスケが戻って来て点滴を施す。
産後の疲労感も無く顔色の良くなったナタルマは、嬰児を抱いて嬉しそうな笑顔を見せた。
「赤ちゃんって産まれた時はこんなに小さいんだね」
末っ子のエリシオは初めて見る新生児に興味津々。
「エリも産まれた時はこんな感じで小さかったのよ」
5人兄弟の2番目で、3人の弟妹誕生を見た経験を持つソレミアが、愛おしそうに嬰児を見詰める。
姉弟はペンタイア家の敷地全体に範囲を広げた黄昏の祝福を発動し、新たな命をとその周囲のものに祝福を与えた。
(この無垢なる子が、心も体も健やかにそだちますように)
従魔部屋の中、エリシオとの視覚共有で赤ん坊を見ながら、ロミュラは心の中で祈りを捧げる。
その表情は穏やかで、母性を感じる優しいものとなっていた。




