第8話:平和を望む魔王
「あれから986年経った今日、王子のキスで目覚めたというワケだな」
少々からかうような笑みを浮かべて、上目遣いに見詰めてくる少女(?)。
「………恥ずかしいから、あんまり言わないで」
赤面して言うエリシオは、魔王というイメージが無い女の子(?)を抱いてソファの方へ移動する。
魔石の交換とメンテナンスの邪魔にならないように、2人でソファに座る。
魔力譲渡で大量の魔力を注ぐには身体の接触が必要な為、ソファの上で抱き合う体勢になった。
「ところで、名前は何ていうの? 僕はエリシオ・トリス・プルミエ、愛称はエリ」
自ら名乗りつつ問うと、魔王っぽくない子供はふむ、と考えるように首を傾げる。
「名前なんぞ呼ばれぬからフルネームは忘れたが、多分ルシエというのが愛称だろう」
「…多分て…」
自らのフルネームを忘れているルシエに、エリシオは苦笑した。
「呼ばれたのは魔王となる前だからな。名を呼んだ両親は普通の人間として命を終えている」
淡々とした口調で言うルシエの記憶には、かつて父母であった2人の顔も声も残ってはいない。
「じゃあ、僕が君の名前を呼ぶよ。ルシエ」
「好きに呼ぶがいい」
抱き締められたまま名を呼ばれ、今まで魔王としか呼ばれなかった者は満足気に微笑んだ。
メンテナンスは少々長くなり、終わる頃にはエリシオは待ちくたびれて寝落ちていた。
ルシエはエリシオに抱き締められた状態で、一緒に横になって眠っている。
エリシオが使う魔力譲渡は解除または身体が離れない限り持続するので、彼が寝落ちてもルシエに注がれる魔力は続いていた。
「これは…今引き離すのは可哀想だね」
仲良くくっついて眠る子供たちを見て、拓郎は苦笑して言う。
「封印は明日の朝にしますかな?」
クロードも言う。
「そうだね。僕はシエム国の夕食会に呼ばれてるから、一旦ここを離れるよ」
「私も夕食をとりに行って、後で様子を見に来てみますよ」
ソファの背もたれにかけてある仮眠用のブランケットを子供たちにかけてあげると、拓郎とクロードは研究室から出て行った。
ソファで眠る子供2人が残された研究室。
その床にスーッと影が伸びたかと思うと、人の形に変わって浮き上がり、角と翼を持つ者が現れた。
長くウエーブがかかった紫の髪、同じ色の瞳、魔族の美女ロミュラが密偵の如く侵入してくる。
『迎えに参りました。魔王様…』
念話で話しかけると、灰色の長い髪の子供がハッとしたように目を覚ました。
『ロミュラ…我は帰らぬ。ここにいると決めたのだ』
ルシエの発言に、ロミュラは驚いて目を見開く。
『何をおっしゃいますか!このような国、早く滅ぼして下さいませ』
『そんな力は無い』
『魔王様の力の源、存在エネルギーでしたら私がいくらでも集めてみせましょう』
『そんなものは要らぬ』
『魔王様!!!』
とうとう焦れたロミュラが、ルシエをエリシオの腕から奪い取る。
「?!」
さすがにエリシオが気付き、バッと飛び起きた。
「やめろ…!」
エリシオから引き離された事で魔力供給が断たれ、ルシエは掠れた声を上げると気を失う。
フッと力が抜けて、その身体は動かなくなった。
『魔王様?!』
ロミュラが驚き、集めていた存在エネルギーをルシエに注ぐと、更なる異変が起きる。
ルシエの白い肌を、タトゥーのように青い星型の花が覆う。
ロミュラが注いだエネルギーは拒絶され、光の粒子に変わって消滅した。
鎮魂花の封印。
トワの勇者イルが魔王に施したもの。
グッタリと仰け反るルシエの身体には、ロミュラの魔法・存在力強奪で集められたエネルギーを拒絶する術式が組み込まれている。
注がれたエネルギーは全て外へ流れ出て、本来の持ち主に返された。
(………どういう事………?)
ロミュラが呆然とした瞬間、その腕からルシエが消える。
ルシエは瞬時にエリシオの腕の中に戻された。
転移魔法
元は術者が移動する為の魔法だったが、今では他者や物も移動出来るようになっている。
それは、エリシオが楽に扱える魔法の1つだった。
ロミュラを一瞬睨んだ後、エリシオは魔力譲渡を再度発動させる。
意識を保てるくらいに魔力が注がれると、ルシエは目を開けた。
エリシオがホッとしたように表情を緩める。
「…ロミュラ、我はもうそなたが与えるエネルギーでは生きられぬ身なのだ」
金髪の少年に抱かれながら、灰色の髪の少女(?)は告げる。
ロミュラはしばし放心したように立ち尽くす。
次の瞬間、ロミュラは打撲系の衝撃を受けて昏倒した。
「姉様…!」
床に倒れたロミュラの向こうに、よく知る人物を見つけてエリシオが声を上げる。
「何か変な気配がすると思ったら、こいつが忍び込んでたのね」
峰打ちに使った日本刀を鞘に納めつつ、言うのはソレミア。
プルミエの第一王女は、勇者セイル譲りの刀使いだった。




