PROLOGUE:御使い来たりて
癒しの光雨が降り注ぐ
それは、慈愛の力
それは、贖罪の証
全ての命よ、健やかに
現世に奇跡を起こす
それは、光の子
それは、古の魂
遥かな時を、渡る者
差し伸べた手は全てを導き
抱き締めた温もりは全てを癒す
光も闇も全て等しく
大神殿の最も高い塔、その屋根の上に1人の少年が佇む。
穏やかな雰囲気の顔立ちは中性的で、少女のようにも見える美しさがあった。
燐光がその身体を包み、サラサラした金色の短い髪を淡く輝かせる。
時刻は人々が寝静まる頃、家々の明かりは消えて街灯だけが明かりを灯す。
大気の澄んだ夜空には大きな丸い月が輝く。
少年は月を背に立ち、目を閉じてその両手を広げた。
少年を包む燐光が広がり、光の粒子に変わる。
光の粒子が、雪のように舞い落ちてゆく。
光の粒子は神殿の屋根を通り抜け、建物の中へ入り込む。
それは、癒しの光。
生命が、健やかであるよう守る力。
舞い落ちる光の粒子は、大いなる力をもって病と傷を癒してゆく。
神殿で治療を待っていた怪我人や病人たちに、光の粒子が舞い落ちる。
燐光が傷口を覆うと、痕すら残さず治癒してゆく。
光の粒子が病人の体内に染み込むと、病魔が消し去られ症状が治まってゆく。
神殿内の全ての人が完治すると、少年は慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
そして、屋根の上からフッと姿を消した。
痛みや苦しみから救われた人々は神に感謝の祈りを捧げる。
人々は知らない。
その癒しの光は神ではなく、1人の少年から放たれたものである事を。
その国に、聖女はいなかった。
四肢の欠損などの重傷者を治せるのは大神官のみ。
癒しの手が足りず、治療を待つ為に神殿に泊まる患者が多かった。
それが最近になり、神殿に泊まると真夜中に光の粒子が舞い落ちて、全ての人の病や傷が完治するという奇跡が起き始める。
ある時、1人の酔っ払いが神殿の屋根の上に立つ子供の姿を見た。
金色の光を纏う子供が光の雨を降らせたというその話は、酔っ払いの言う事なのであまり本気にされなかったが、奇跡が続くと噂が広まってゆく。
いつしか人々は、その子供を光の御使いと呼ぶようになった。