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視察に行きます

16時。終業には早いが、今日の仕事は終了。仕事じゃなくて実は僕が終わっている可能性もあるが。

そんなことを考え、執務室から僕の私室へと歩きながら明日の予定をマリエッタから聞く。


「では早速ですが、明日6時に官邸を出発して採掘場視察へ行ってもらいます」


「早すぎない?」


マリエッタの言葉にげんなりした返答をする。僕は早起きが得意じゃないのだ。



「仕事は早めに片付けるのがウィリアムさん流じゃないですか。移動に3時間以上かかると思いますので、万が一眠いようなら移動中に仮眠をとって頂いても良いですよ」


「3時間も?あと僕仕事は早めにとか言ったっけ・・・?」


絶対言ってないと思う。そもそも僕にとって仕事は早い遅いの問題ではなく、出来る出来ないの問題なのだ。そして僕に出来る仕事はこの官邸には無いため、実際には出来ない出来ないの問題なのだ。


まじで大問題だ。誰だよ、僕なんかを宰相にしたやつは・・・


「言葉で言われたことはありませんが、ずっとそうですよね?」


「そんなことないけど・・・」


ずっとそうって何?マリエッタはいつの、いや誰の話をしているんだ?

僕は彼女の前で仕事をちゃんと出来た試しはないぞ。誓ってもいい。


「今回は急ぎでないんですね。すでに手配をしてしまいました。日付の変更をしましょうか?」


「いやー、手間だろうし良いよ。偶には早起きも良いかもね。何かいいものを見れるかもしれないし。採掘場じゃマリエッタは正直退屈かもだけど」


マリエッタは不思議そうに返事をする。


「?? 私は今回同行しませんよ」


「えぇ!?」


なんでさ。あれか?粉塵やら油やらで近寄りたくないってこと?

働いてる人も肉体労働者ばかりだし、マリエッタはなんだかんだお嬢様だから嫌なのか?


「宰相執務室に誰もいないのは流石にまずいかと・・・私もご一緒したほうが良いですか?」


「あっ、そーいうこと。なら留守番をお願いしようかな」


一瞬で手のひら返し。視察なら以前の職場ということもあり何とかごまかせそうだが、執務室に僕一人はやばい。マリエッタならどっちも大丈夫そうだが。


「では予定はこれで行きましょう。他に気になることはありますか?」


うーん。何かいつも聞かれるな。気になることか・・・


「そうだ、僕数字が駄目だから、いつどのくらい資源採掘量が減ってるとか、流通量とか?調べといてくれると助かる?かも」


「何でそんなに疑問形なんですか・・・?分かりました。視察中には電話で報告します。それでは」


「うん。じゃあよろしくね」






マリエッタはウィリアムとの話を思い返しながら考える。

何かいいものを見れるかも、か。


どうも私の仕える主はまた何か企んでいるらしい。


付き合いは長くはないが、分かったことがある。ウィリアム・フリーマンは異才だ。大商会に所属していた為稀代の天才と呼ばれる者たちを見る機会があった。


神が与えたとまで言われる先見、人を見る「目」を持つ商会長クリス・フィユー。


元軍人の武力を背景に財力、権力を武器に成り上がった大臣バルク・リンクウッド。




恐らくウィリアムはこの二人を凌ぐかもしれない。前の二人と比べれば一見何の才能も持っていないが、彼は定期的にあり得ない行動をとる。


「事故」を起こし、周囲に事前に燃料を撒き、起爆させる。老若男女を巻き込んで。


そうして全て終わる頃には彼の都合のいいように物事が収束している。


今日マリエッタは敢えて執務室外の廊下でウィリアムに予定を伝えた。リンクウッド大臣の盗聴を嫌ったためだ。ウィリアムは宰相になったことで敵を多く作っている。


盗聴を気にしないようなことも言っていたが、ウィリアムはよく私を優秀だと言っている。防諜程度は当然やるものだという意図だとマリエッタは解釈した。盗聴を利用するなら彼自身のタイミングで何かしらのアクションを起こすだろう。


優秀さを求められた以上は完璧を目指す。私のこの姿勢を前提に彼は動いている筈だから。


「取り敢えず王立銀行の方に働きかけだけでもしておきましょうか」


ふっと息を吐き、仕事に取り掛かる。ウィリアムの言う「いいもの」が本当に良いものであることを願いながら。










「凄い車だね・・・」


移動用に急遽用意された車を見て思わず感想が漏れる。どうぞど促されて車に乗り込もうとすると、ドアがとんでもなく分厚い鉄板だというのが分かった。ガラスも異様に分厚い。


僕の様子を見ていた運転手が思っていることを察したのか話しかけてくる。


「砲弾の直撃にも耐える車です。万が一があっても護衛もいますし大丈夫ですのでご安心ください」


「そうだねぇ」


僕が乗る車の前後に重火器で武装した護衛たちの車列が出来ていた。ここまでされると逆に安心できないな。治安が終わってるのかと思っちゃうよ。


それに採掘場視察は昨日に決めたばかりなのに、翌日こんな大げさな送迎になるとは。僕が採掘場で働いていた時なんか視察が来ると分かった日には、みんなそれは準備に大忙しだった。すごく大変そうだからもっと早くに一報をくれればいいのにと思ったりしたなぁ。今度から早めに予定をマリエッタに知らせなきゃだな。


一人反省していると運転手さんが話しかけてくる。


「宰相様はお一人なんですね。あの秘書の美人さんはご一緒でないんですか?」


そっかそっか。運転手さんも見目麗しいマリエッタとお喋りしながら運転したほうが嬉しいか。ごめんね、僕一人で。


「そうなんです。マリエッタは留守番で残ってます。何分今は二人で宰相執務室を回しているもので」


「ははは!宰相様は面白いお方で!」


冗談だと思ったらしい。嘘じゃないよ?

何ならマリエッタだけで宰相執務室は回っているまであるな。


「申し遅れました。運転手を務めさせて頂いております。エイドと申します」


「はい。宰相を務めさせて頂いております。ウィリアムと申します。本日は宜しくおねがいします」


「ははは!本当に面白いお方だ」


エイドさんは僕の返答がツボらしい。そんなにおかしいかな?

確かに丁寧語、尊敬語、謙譲語を僕はちゃんと使えないんだけどさ。


向かうはリースリング公国国境付近、ガルデル採掘場。

三時間半ほどのドライブを予定しております。




ガルデル採掘場は荒廃したような見た目の山間部にある。ここでは埋まっている重金属の影響などで作物が全く育たず、かつては死の山とも呼ばれていたらしい。何をしてもうまくいかないとかまるで僕みたいだな、と親近感を覚えたものだ。


しかし近年の劇的な科学技術の進歩により、この死の山は希少鉱物や燃料資源に富んだラクテリス王国の産業基盤となったらしい。実は秘めたる可能性の塊だったなんて、まるで僕とは似つかないな・・・と疎外感を覚えちゃうね。


ここで産出する鉱物は軍事兵器の製造に使う触媒やらなんやらの戦略物資らしい。リンクウッド家や前宰相はこのガルデル採掘場の利権を握っていて、莫大な利益を上げていたらしい。良く知らないのだが。かつての職場の話なのに僕が知っていることは又聞きのことばかり。だかららしいとしか言えない。


ちなみにもうお分かりかと思うが、僕の口癖は「らしい」だ。自分のことだから珍しく自信をもって断言できるらしい。




「宰相様は随分お若いですね。それに王国初めての平民出身だとか?辣腕ですね」


運転手のエイドさんが気を利かせて話しかけてくれる。無言だと気まずいよね。僕もこういう気遣いをサッと出来るようになりたい。


「はは、若いだけで自分は何もしていないんですよ。全て周りの人たちが良いように動いてくれているだけで」


「謙虚でいらっしゃいますね、国民が宰相様に期待しているのも頷けますよ」


まじで?期待されてるのか、重いな。

マリエッタに期待したほうが絶対に良いぞ。


「重圧が凄いので早めに引退したいんですけどね」


「ははは!またご冗談を」


「本心です・・・」



いつか僕の願いがみんなに届くといいなぁ。分相応が大事だよ。


「あっ、止めてもらっても?お手洗いに行きたいんですが」


急に尿意。僕は健康体なのだが尿のキャパが小さいのか2時間に1回はトイレに行っているのだ。


「あと30分ほどで着きますよ?」


エイドさんが答える。そりゃそうだ、宰相が車列を止めて立ち小便は品が無さすぎるし、外聞が悪いし、国民の模範たる人物たる資格なしと取られても仕方がない。でも漏れそうなのだ。許してほしい。


「大変申し訳ないんですが緊急です、漏れそうです」


「分かりました。前車列、10秒後に停止。宰相様が一旦降車します」


尿意でこの物々しい車列を止めるのは非常に忍びない。過去こんな宰相はいなかっただろう。でも漏れそうなのだ。許してほしい。


車が停止し、僕はドアを開けて車外に降りて用を足そうとし、直前で思い至る。


視線が気になって恥ずかしい。隠すものが欲しい。車内に立派なブランケットがあったから、あれを目隠しにしよう。


またドアを開けて一旦ブランケットを取るため車内に戻る。全く高い車は自動でドアが閉まって嫌だな。こっちはトイレで急いでるのに。


また外に出ようとドアに手をかけた瞬間、強烈なオレンジの閃光が奔り、大きな破裂音がした。


「敵襲!!宰相は無事だ!このまま目的地まで走る!」


一瞬でエイドさんが車を全速力で出したため、僕は後部座席で転がってしまった。


「すみません、宰相様。お怪我はありませんか?」


「え、ああ、ないです。何ですか?」


何ですかって何だよ。何が起きたんですかって聞こうとしたんだよ。動転して意味不明な受け答えになっちゃったよ。



「恐らく宰相様を狙った狙撃です。特注の強化ガラスにひびが入っていますので、相当強力な弾を撃ったんでしょう」


怖っ!!また暗殺かよ!!


「ロケットランチャーの直撃でもしないとこんな風に蜘蛛の巣状にひびが入るほど破損しないんですが・・・目的地までこのまま向かいます。こうなった以上申し訳ないのですがお手洗いは何とか我慢していただきます」


最悪。でもしょうがない。漏れないようここで出来る最善を尽くそう。


「ガルデルまで最速で頼みますよ、エイドさん」


「任せてください」


いい返事が聞けたな。よし、あとは祈ろう。



僕に出来る最善、それはいつだって人に任せて、うまくいくように祈る。この2つだけだ。










王宮。バルク・リンクウッド大臣と話しているのはラクテリス王国三代国王、オルカ・ラクテリス。彼もまた政争に巻き込まれた結果、13歳という若さで国王となった。


昨日に大臣から宰相譲渡という衝撃の報告を受けたため、関連する話が終わらなかった。大臣と国王の話し合いは二日目となる。


大臣の話を聞き、国王はウィリアムが国の混乱を避けるためまた奇策を思いついたのだと判断した。多くの貴族たちはリンクウッド大臣を宰相に推している。これだけ大きな話である以上密約とはいえ噂は広がるだろう。そして反ウィリアム派のトップが静観する以上ウィリアムを直接攻撃できなくなる。


この自由になった時間でウィリアムは闘いの準備をするつもりなのだろう。大臣と敵対しても問題ないほどの権力を手にすれば明文化されていない密約である以上ウィリアムは反故にすることができる。国王への報告も大臣にさせたことで自分はそんなことは言っていないと言い張れる。



「ではリンクウッド家派閥がウィリアム宰相に協力するということでいいのかな?」


「一時的かつ部分的な協同歩調です。現段階で宰相の下にうちが付くのはあまりに危険かと」



大臣が答える。当然だろう。これ以上奴に権力を付けるわけにはいかない。



「リンクウッド大臣。私はウィリアムを信頼している。昨日も言ったことだけど、彼を中心にしてこの国はいい方向に変わってきている。リースリング公国との戦争回避、前国王の暗殺阻止、汚職にも改善傾向。他の議員に先んじて大臣が全面協力を宣言してくれれば、王国は一丸となれる」



まったくおめでたい奴だ。父親を救われたというだけで奴が善人に見える色眼鏡を掛けされられてしまったらしい。国王が奴の狂信者とは笑い話にもならん。


「あまり申し上げたくない事ですが、陛下は彼の悪い部分を見ていない。リースリングとの衝突は避けられましたが代わりにガルデルの採掘資源を只同然で差し出さねばならなくなりました。前国王の暗殺を防いだのは功績でありましょう。しかしコール・マクロワール前宰相の暗殺疑惑があります」


「あくまで疑惑だ。証拠もないのだろう?汚職一掃のためだという者もいる。もとは資源の横流しで裏金を作っていたマクロワール前宰相が撒いた種とも考えられる。急激に値を釣り上げたためにリースリングとこじれたのではないか?」


「それこそ疑惑です。証拠は無かったと結論が出たはずでは?」


「当時の調査はリンクウッド家の息のかかった者で行われたそうだね。改竄も可能だったのでは?」


「そう聞かれれば可能だったと言わざるを得ませんが、現状議会の最高権力者を最も細かく調査出来るのはうちだけです。信頼してもらうしかないですな」



昨日から何一つ結論は変わらない。国王は前宰相やリンクウッド家を信用できない。だからウィリアムを宰相に推薦して楔を打った。


俺はウィリアムとかいう小僧を信用できない。前宰相と同じように邪魔な俺を確実に消しに来る。現状良いようにされているがこれ以上奴に好きにさせる訳にはいかない。



「昨日もお話しした通り、私も国のことを考えて動いています。大きな仕事をする上では疑惑は出るものです。これは前も今の宰相も変わりません。ですがマクロワール前宰相と志を同じくした私としては今以上にウィリアム宰相に権力を集中させるのは反対です。これでも陛下が推薦された事実を考慮して最大限譲歩しております」


「はぁ、分かった。今はそれでいい。ウィリアムがこれから行う施策を見て問題が無いようなら今以上に助力してくれ」



リンクウッド大臣とて愛国心は持っている。害なく国のためになるのであればいくら奴が気に食わなくとも手伝い位はしてやっても良い。無論ですと返答しようとしたとき、彼の部下が入ってきた。


「リンクウッド大臣、緊急のご報告が・・・」


「控えろ。緊急とはいえ謁見中だぞ」


国王が大臣を抑えるような仕草をして言う。


「問題ない。おおよそ話し終わった。何があった?」


大臣の部下が言いにくそうにして一瞬口ごもった。


「・・・ウィリアム宰相がガルデル採掘場へ視察へ向かう途中、襲撃されました。無傷だそうですが・・・」


「はぁっ!?」


大臣と国王の顔が驚愕に染まった。





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