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大臣と仲良くします

まったく予想外の話だった。

暗殺を見透かし、刺客を蹴散らし、自身の刺客を仕向けて意趣返しをしたかと思えば、今度は俺の派閥と仲良くしたいと来た。


まるで意味不明。


「・・・どうして、うちと、懇意にしようと、思うんだ?」


何とか言葉を絞り出す。驚愕と怒りと未知への恐怖でリンクウッド大臣は完全に冷静さを欠いた。


「大臣の派閥は大きい。味方になれば大きな力になる。これ以上の理由はありません」


信じられなかった。通常他派閥との友好を結ぶ際は何かしらの見返りを用意するのが当然だ。

大臣ともなると少しの利権程度では靡かない。


だがこの男は見返りを用意しないばかりか現在進行形で俺の首に刃を当てて仲良くしようとのたまう。


油断していた。こいつは前宰相を謀殺した男だ。これ位は平気でやるだろう。



「・・・見返りも無く、この俺に協力しろと?前宰相を殺されて平気でいろと?」


反抗的な態度のみで殺される可能性はあった。だが大臣も確かに資質を持つ者であり、この場で打てる最善の手段をとった。


今大臣とウィリアムの回線は開いている。

話しているのは二人だが、聞いているのはシトラとリンクウッド大臣の手先の黒づくめを入れて4人。


今の返答で最悪俺は死んでも構わないことを伝えた。やはりウィリアムという男は危険だ。

ここで消さねば自分だけでなく、家や派閥も巻き添えになってしまう。

それだけは避けなくてはならない。

自分が死んでも息子のどれかが意志を継ぐ。



言外の意思を汲み取り、音を出さず立ち止まっていた黒ずくめの刺客は宰相執務室へ動き出す。


リンクウッド邸から宰相執務室は1キロ少々離れているが、大臣の元を離れて30秒ほどで道半ばに到達していた。あと40秒もあればウィリアムを殺せる。



「はぁ、トール、止まれ」


最初の溜息だけで黒ずくめの体が止まる。小さいが体中に怖気が走るような声。

トールと呼ばれた男はすべてを理解した。


「何故・・・」


「自然風に移動で生じる風切り音を重ねてもごまかせない場合がある。音の高さが違うからな」


「あれ?シトラ?なんで大臣の所にいるの?」


「・・・」


無言。シトラはたまにこうなってしまう。でも今は大臣とのお話が大事だ。ぶつ切りで申し訳ないが先に進めよう。


「大臣。見返りの話でしたよね?それなら宰相の座を譲りますよ」


「は?」


またも意味不明。大臣にすり寄ったからには権力を定着させて国を意のままにするかと思っていた。

仲良くしたら宰相の座を渡すと?


何がしたいのか全く分からない。


だが先ほどまでの命を懸けて現在のリンクウッド家の権力を維持しようとしていた状態と比べれば正反対どころか絶好の好条件。罠かもしれないが現状頷く以外の選択肢は採るに値しない。


「それで、どうです?お返事を頂きたいのですが・・・」


「分かった。こちらの勢力の協力と宰相の立場を相互に出す。但し、タイミングはこちらで決めさせてもらう。罠かもしれないしな」


「良いですよ。よかった!信じることは大事ですが、それだけじゃ駄目だ。疑うことも大事ですしね。

それでは今後もよろしくお願いしますね」


「ああ。失礼する」


通話を切るとシトラの姿はもうなかった。

トールとの通話も切れていた。



大臣は思い返す。まさか最初からこの形式上の友好を狙っていたとは。

今になって分かることばかりだ。盗聴も最初から気付いたうえで利用されていた。


「結構強かったなら深追いしなくていいんじゃない?」


前宰相を潰して地位を得た以上奴は争いの種を多く抱えていた訳だが、考えうる最悪の敵を無理やり味方にして解決とは。考えるだけなら誰でも出来るが実行するのは最も躊躇う類の手段だ。


それにあの発言から考えると、奴は自身の置かれた状況と刺客の強さの2点のみで俺を暗殺の首謀者だと特定していた。



「それにかえって危なくない?」


あの段階では刺客を差し向けた者を調べて潰すのが定石だ。俺でもそうする。偽装工作をしても奴の伝手のある商会の情報部は時間をかけて真実にたどり着くだろう。


だがそれをしなかった。

俺を潰しても遺志を継いだ他の誰かが奴にいずれ反撃するのを予見していたとしか思えない。



「面倒だったからね」


後になって分かる。言葉通りだ。何度もこんな殺し合いは出来ない。

こんな事を続けていればいずれ奴も死ぬ時が来るだろう。


だから争わない選択をした。宰相になるために宰相を殺した男が。



「疑うことも大事だけど、それだけじゃいい関係は築けないよ。信じることが大事なんだ。」



「まったくどの口で言ってんだ。狂ってるとしか思えん」


補佐の女に言っていたことと真逆。奴は敵も味方も信じてなどいないのだ。

だから話し合いとは名ばかりの脅迫を行った。


王国最強の暗殺部隊を歯牙にもかけないほどの力で。


そして最後に特大の飴を落とした。

宰相の地位に固執しないとは。いったい何が目的なのか。


心底不気味だが助力と宰相の地位受け渡しのタイミングはこちらで決められるよう話を付けた。

こちら側の安全にも大いに役立つ・・・はずだ。


バルク・リンクウッド大臣は考える。何か見落としはしなかったか。

気付かぬ内に猛毒を盛られてはいないか。


答えは出なくとも考え続ける。






「はあ~疲れた・・・」


「紅茶でよろしいですか?」


うんうんと頷くとマリエッタがとぽとぽとティーポットにお湯を入れていく。

きれいなガラス細工のポットだなあと思って見ていると、まあまあ距離があるにも関わらず鼻に芳香が届いた。



「どうぞ」


「ありがとう、頂くよ・・・うっま」


香りからして蜂蜜やらフルーツバスケットみたいな果実香がするが、これが余韻で爆発するかのような体験したことのない紅茶だった。


「イーロンの遅摘みだそうです。昔は同量の金と取引されたとか」


「なんかこの世界って色々違うんだなあ・・・」


マリエッタも同感のようだ。いくら美味しくても飲めばなくなるものに僕は高い金額は出せない。



「でも国のお金だしね。ありがたく使わせてもらおうか。僕のお金じゃないし」


談笑していると電話が鳴った。大臣の件もあり、今日はこれ以上怒られたくない。

マリエッタに出てもらおう。どのみち僕の不在時は彼女に預ける予定だったし。


マリエッタに受話器のジェスチャーをすると嫌な顔をされた。が、すぐに電話を取ってくれる。


「はい。宰相執務室です。・・・只今ウィリアム様はお手が塞がっておりまして。

ええ、要件の伝達でよろしければ・・・はい、はい、承知しました。伝えておきます」


うんうん。やっぱりマリエッタは凄い。


僕は大臣と話したけどマリエッタに聞いた前宰相が亡くなったことで恨まれてるということを忘れていて、怒らせてしまった。シトラが大臣と知り合いみたいでどうにかなったけど、このままだとまた電話でやらかしてしまうだろう。


今後もマリエッタにお任せだ。ひとりでできるもん! マリエッタならね!

どうでもいいことを思っていると警戒が浮かんだ表情のマリエッタが伝言を言った。


「シトラさんという方からでした。刺客の残りを捕縛した。ウィリアムさんの意向で先方に事情を伝えて生かして送り返した、とのことです。大丈夫ですか?」



・・・大丈夫じゃないね。暗殺者、逃がしちゃったの?


シトラはこういうところがあるからなあ。でも助けてもらった以上文句は言えまい。



「というよりも、シトラさんって誰です?ウィリアムさんの知り合いで只者でないことくらいしか分からないんですが。味方でいいんですよね?」


「うん。シトラは数少ない僕の友達だからね」


「ウィリアム様って呼んでましたが・・・友達に様付けしますかね?」



実は友達じゃないのかな?そう思ってたの、僕だけ?悲しすぎるよそんなの。



「シトラさんって何をしている方ですか?ご友人ならご存知ですよね?」


「実は良く知らないんだ。困りごとを相談すると解決してくれる凄いやつだよ」


「知っていることが私と大差ないじゃないですか・・・」


確かに。シトラは僕を知っているけど、僕はシトラのことを殆ど知らない。

これで友達名乗ってていいのかな?


「彼は変わってるからね。それにしても、暗殺者、逃がしちゃったんだ・・・」


「本当に大丈夫ですか?」


マリエッタの表情がどんどん真剣になっていく。なんか不安になるよ。




「まあ大丈夫でしょ。リンクウッド大臣も協力してくれるって言ってたし」


「さらっととんでもないことを言いましたね。どうしてそうなったか教えていただいても?」


「宰相の座をあげるって言ったらこうなったよ」


「どういうことですか・・・」



マリエッタが頭を抱えている。

気持ちは分かる。宰相って偉いし、贅沢できる。


でも殺されそうになるくらいならこんな地位はいらない。誰かに譲って穏便に引退したほうが絶対良い。



「あっそういえば宰相を譲るタイミングはあっちが決めるって言ってたよ」


「本当にどういうことですか・・・」



マリエッタの追求を躱しながら紅茶を飲んでいたため、飲み切ってからあんなに美味しいものを一口しか味わっていないことに気付いて僕は肩を落としたのだった。



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