無能宰相のぼく、大臣と話します
「ふあああ・・・」
気の抜けた欠伸をする僕。どうも、ウィリアム・フリーマンです。
宰相に就任して二日目、やることがありません。
出来ることがないの間違いか。まあしょうがない。元から出来ることがない。
そもそも僕なんかが宰相になってること自体が間違いだ。
有力貴族の出でもなければコネも無く政治も経験がない。
第一議員経験すらないのにいきなり宰相とか法律上問題とか無かったのかな?
僕を暗殺しようとした人は案外ちゃんとした人で間違いを正そうとしただけかも知れないね。
それで殺されるのはたまったものじゃないけど。
そんな不毛なことを考えながら執務室の備品や装飾をいじったりしてかれこれ2時間くらい経った。
ふと時計を見る。金で出来た歯車が正確無比に回転しているのが見える。現在11・・・12時か。
無駄に高そうな時計だな。なんか青い宝石とかついてるし・・・
考えているとドアがノックされ、失礼しますとマリエッタの声。
「どーぞ」
マリエッタが入ってきた。
昨日は色々あったので気が付かなかったが、この執務室ドアまで豪華絢爛。
ドアノブが多分純金。金細工の一種なのかおしゃれな模様が細かく入っている。
お金ってあるところにはあるんだなあ。
「昨日の調査結果をお持ちしました。まだ途中経過ですが正午までにとお伝えしましたので」
ファイルを受け取る。マリエッタがお風呂と睡眠を諦めて作ってくれたリストを見る。
顔と名前、経歴や所属派閥などがまとまっていた。
何となく分かっていたのだが、見ても誰一人知らないし何も分からない。
ごめんマリエッタ。
苦労して作ったファイルを前に何も分からないとも言いにくいのでうんうん唸ってから机に置く。
「ありがとう。まあ座って座って。僕のせいとはいえ働きっぱなしで疲れたでしょ?
果実水が冷えてるんだ。今日は少し暑いしおいしいよ。どーぞ」
「凄い胆力ですね・・・昨日の件があるのに」
マリエッタが引いていた。言われてみれば果実水の容器はこの部屋の備品で、細工をしようと思えばできるのだろう。僕は思い至らず普通に飲んでいた。
「宰相はやっぱり待遇がいいなあとか思ってたよ。毒とか仕込まれてる可能性もあるんだよね。忘れてたよ」
「逆に警戒の必要が無くなりましたよ。いただきます。・・・美味しいですね」
「でしょ?甘くてジューシー、なのにフレッシュな柑橘系の酸味と仄かな苦味が後味をスッキリさせてくれる。いくらでも飲めそうだよ」
「普段の指示も今のコメントみたいに詳しめにして頂けると楽なんですが」
「ごめん・・・」
世間話的に軽めのコメントをしてみたらマリエッタから重めのカウンターが返ってきた。
そうだよね。寝てないもんね。
昼間から仕事せずに美人補佐とおいしいドリンクタイムなんて贅沢だねぇとか思ってました。
本当にごめんなさい。
「軽い冗談ですよ。それで、ウィリアムさんは今回の暗殺未遂の首謀者に心当たりとかありますか?」
無いよそんなもの。だって官邸の人とか誰も知らないもん。仕事の話は僕は分からないから取り敢えずリストを見て考えてる振りでもしておこうか。おっ、この人の名前ちょっとかっこいいな。
「うーん、バルク・リンクウッド大臣かぁ・・・」
「!! リンクウッド大臣ですか・・・大物ですね。そういえば前宰相とリンクウッド家は採掘利権で繋がっているという話を聞いたことがあります。ウィリアムさんがここを叩いたことで良く思われてはいないでしょうし、裏稼業の伝手も多い方です。可能性は高いですね」
マリエッタが驚いた顔をして僕を見る。何か勝手に解釈されて納得されたようだ。
リストのリンクウッド大臣の欄を見ると、武器製造、軍人派遣会社、運輸インフラ会社と手広くやっている凄い人らしい。そんな凄い人が僕程度の奴を殺すかな?しないでしょ。
「ですがそうなると・・・打てる手がありません。勢力が大きく、対決すれば確実に負けます。
ウィリアムさんには通じませんでしたがそれこそ暗殺でもしない限り・・・」
マリエッタは優秀だが思い込みが少し激しいところがある。
このままだと名前がかっこいいという適当な理由で読んだだけのリンクウッド大臣に迷惑をかけてしまいそうだ。そろそろ止めないとね。
「駄目だよマリエッタ。リンクウッド大臣は何もしていない。彼に聞いてもそう言うだろうさ。疑うことも大事だけど、それだけじゃいい関係は築けないよ。信じることが大事なんだ。」
「信じる・・・?」
考え込むマリエッタ。まるで人間不信みたいな感じになっちゃってるよ。
考え込むことじゃないから。
信じること、これ、大事。
「そういえばご友人に任せたと今朝仰っていましたね。なら私から言うことは何もないです。
まだウィリアムさんを甘く見ていましたね。失礼しました」
「うん、マリエッタはもうちょっと僕のことをちゃんと見たほうがいいね」
「そうですね。精進します」
うん、話嚙み合わないね。でもいつか僕をちゃんと無能だと認識してくれる時が来ると信じてるからね。
時を同じくしてリンクウッド邸。
「うーん、バルク・リンクウッド大臣かぁ・・・」
「・・・ありえん」
驚愕の表情の大男はこの邸宅の主であるバルク・リンクウッド大臣だ。
部屋にはもう一人黒ずくめの男がいた。
宰相の執務室をはじめとして官邸には盗聴器が無数に仕込まれている。また伝手を駆使して《目》も置いていた。ウィリアムの就任後の動向は筒抜けであり、暗殺計画に一切支障なしの筈であった。
ウィリアムが風呂好きであり、毎晩欠かさず入浴すること、
彼の腹心であるマリエッタ・クラウスが使用申請をしていたこと。
都合のいい状況だった。風呂の利用申請は形式上の記述があるのみで、実際は貴族用の設備だ。
宰相を殺害し地位を強奪した憎きウィリアムはともかく、商人の遊びの結果出来たような下賤の女程度に許可などおりない。
だが官邸内部の内通者を通して許可を出させた。
入浴中にガスを換気口を通じて送り込み、崇高な王国官邸に入り込んだ害悪共を消す計画であった。
また万が一に備えリンクウッド家が用意できる中で最も優れた暗殺者たちを配置していた。
風呂の罠を搔い潜っても王国一であろう刺客をどうこうできる筈はないと思っていた。
「どうなっている!何故計画がばれた!?」
大臣は激高する。
「マリエッタとかいう女に調査を命じてはいたが、報告は丁度今頃だと本人が命じていたはずだろうが!! 昨日の時点で風呂で襲撃があるのは知りようがない筈だろうが!! 何でよりによって昨日風呂に行かない!?」
「っ・・・その通りでございます」
返答する黒ずくめの男は昨晩派遣されていた暗殺部隊のリーダーだ。前宰相やこの大臣の下で長く王国に反抗的なものたちを消してきた凄腕だった。
だが今は震えている。主に叱責されているからではない。
ありえないものを見たからだ。
「万が一に備え貴様も現場に向かわせた。過剰戦力だと思ったが、必要なものだと手間と出費を割り切った。なのにどうして失敗しているんだ!!」
「申し訳ございません。隠密性を重視して現場に私を含め3名で計画を実行予定でした。事前情報で標的が強い護衛を従えている様子はありませんでしたし、例え王国最強の騎士が居ても二人で十分足止めして標的を消せる筈でございました」
「っ・・・」
大臣が言葉を失う。先程話を聞いた計画を頓挫させた要因。
顔を包帯で覆った長身の男。ウィリアムにシトラと呼ばれる男。
大臣は自分が派遣した暗殺部隊の強さを知っている。狡猾で残忍。正面から戦うようなことはないが、
先程言っていたように王国最強とも張り合える猛者たちの筈だ。
それに目の前の男は最凶と名高い先代の暗殺部隊の長を殺して成り代わった傑物だ。
負けるなど考えてもいなかった。
「ご命令下されば今度こそウィリアム宰相の首を獲ります。失敗の清算は出来ませんが、拭う程度はさせていただきたい。こちらも部下二人を弔わねばなりません」
シトラは襲撃犯の内二人を殺していた。
任務を失敗しておいて言いにくいが、事実上三対一で部隊を退けるような男を相手に出来るのは自分位だという確信が男にはあった。
「・・・」
大臣は考える。盗聴で聞いたウィリアムの言葉を思い返す。
「明日まで」
この言葉で風呂での襲撃の実行は決定した。だがこれは奴のブラフだった。罠は看破されていた。
「今日は疲れたからね。早めに寝ようと思って」
自身の護衛の強さへの絶対的な信頼かは不明だが、死ぬことだけはないとの確信がある。
「結構強かったなら深追いしなくていいんじゃない?」
分からない。何故自分を襲撃した者を泳がせる?
「それにかえって危なくない?」
・・・何を考えている、ウィリアム・フリーマン。
不気味だったが、殺すことに異論はない。
「・・・首をとってこい」
「承知しました」
短くやり取りの直後黒ずくめの男が姿を消す。
あとは任務成功の報告を待つだけだ。問題ない筈だ。
大臣は椅子に座り、落ち着きを取り戻そうと葉巻を切り、咥えた。
「そのままで。騒げば殺しやす。」
シトラがバルク・リンクウッド大臣の首に刃をあてた。
刃は美しく研がれているのに濃い血の臭いを感じる。
「あっしの命令にだけ答えて下せえ。まず電話をかけて。ウィリアム様へ」
「何故、おま」
咥えた葉巻が床に落ちる。首を刃で2回、トントンと叩かれる。
逆らえば殺すと態度で告げられた。
大臣は確信した。こいつが報告にあった計画失敗の要因だ。
「あと回線をあんたの手先にも開くんでさ。みんなでお話しましょうや」
宰相執務室の電話が鳴る。程よく高く良く抜けるいい音だ。きっと高い電話だ。
ピアノブラックに輝く受話器を取り、間違えないよう返事をする。
「はい。宰相のウィリアム・フリーマンです」
偉そうだったかな。今度もっと軽い感じの挨拶を考えておこう。
「・・・リンクウッドだ」
「ああ、バルク・リンクウッド大臣かな?初めまして。ウィリアム・フリーマンです。挨拶にも行かず申し訳ない」
「っ・・・」
危ない危ない。
マリエッタのくれたリストを見てなかったら誰?とか言ってたとこだった。
偉い人らしいから平民出の僕が就任挨拶に来ないのに怒って電話してきたのかな?
やだなー。怒られるの苦手なんだよね。
でも電話越しだけど自己紹介したから向こうから見た印象は最悪ではないはずだ。
「こちらもちょうどお話したいと思っていた所です。今朝にでも伺おうと思っていたんですが、
なんせ暗殺されかけていたもので」
「そっそれは・・・残念でしたな」
良し。面白くくだけた感じのジョークも言えたぞ。返答もあまり怒ってなさそうだ。
にしても就任早々暗殺とか~みたいなツッコミをしないとは。
リンクウッド大臣は貴族だからかな。ちゃんと相手に合わせるようにしないと。
返しも真面目そうだし、本題から入ったほうがいいな。
「不躾ではありますが本題に入りたい。よろしいですか大臣?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「僕としては今後リンクウッド大臣、またあなたの派閥の方々と仲良くしたいと思っています。」
「・・・はあぁっっ!?」
あれ?ここは是非とかそんな感じの返事じゃないのか?




