宰相就任
「ウィリアム・フリーマン。ラクテリス王国三代国王の名において、貴殿を宰相に任命する。今まで以上に国家繁栄の為尽力するように!」
「はっ!粉骨砕身励ませていただきます!」
「・・・いや無理でしょこれ」
「宰相就任、おめでとうございます。ウィリアムさん。私たちも精一杯フォローしますのでこれからも頑張りましょう」
うなだれる僕を見て感慨浅げな返答をするのは僕の補佐役のマリエッタ。
僕はウィリアム・フリーマン。一般市民の両親から生まれた人一倍いろんなことが不得意な男。冴えない学校生活を送った後職を失い、紆余曲折を経てつい先程この国の宰相になってしまいました。
何とか断ろうと思ったけれど無礼な振る舞いで殺されないか、不敬な態度で殺されないか、権力闘争で殺されないかとビビりすぎて場当たり的に頑張ると言っちゃいました。
今は式典が終わり、宰相の執務室で今後の方針の決定中。
というのは方便で、今後どころか今日のこともわからない僕の愚痴をマリエッタに聞いてもらっている。
「無責任なこと言わないでよ・・・前の宰相が殺されたの知ってるでしょ?」
「圧政を敷いた前宰相を謀殺した容疑者の最有力候補がウィリアムさんだとは聞きましたが。で、やったんですか?」
「やってないよ・・・」
何度も釈明したがあれは不幸な事故だ。
マリエッタも僕が主犯だと思ってるのかな?僕にはそんなことをする能力も度胸もない。
しかしマリエッタが言うようにこの国では政争で殺されるなんて珍しくないらしい。ラクテリス王国は今政治はガタガタ、経済ボロボロ、係争多数と中々の不安定な斜陽国家なのだった。
「宰相クラスでも暗殺しようとする奴がいるとか物騒すぎるよね。殺すのも殺されるのもごめんだよ」
「ですが前任はどう見ても交代したほうが良かったですよ。明らかにやりすぎでした。ウィリアムさんが大鉈を振るったこと、大勢が感謝してましたよ。そうでなければいくら直接証拠がなくても暗殺の容疑者を後任に置いたりしませんよ」
「だから殺ってないって!どうしてみんな僕がやった体で話してくるの?」
「そういうことにしておきましょうか」
マリエッタは優秀だが僕の話を時々聞いてくれない。
前宰相は賄賂や暗殺にはじまり重税、紛争地への武器麻薬供与などをしている中々の悪党だったため、訃報が出ても多くの国民がまあ殺されても仕方ないと思ったようだ。
「ほんとにどうしよ・・・」
自分から出た声が驚くほど小さくなっていくのに自分でも驚く。
僕は昔からあらゆることが人より上手くできなかった。
運命のいたずらで宰相なんかになってしまったが、周りは超が付く優秀な人ばかり。すぐにみんな僕の無能に気付くだろう。
もちろん政治でも僕が出来ることなんて何もない。このままだと前宰相よりひどい最低の宰相として処刑なり暗殺なりされて、歴史に汚名を残して死ぬことになるだろう。
「マリエッタ、今までありがとう。僕はおしまいだ。式典で僕が宣誓したように粉骨砕身だよ。文字通り骨も身も粉々にされちゃうんだ・・・」
「はい。最初にも言いましたが、私も精一杯やりますので。頑張りましょう」
機械かな?さっきと同じことを言っているね。
でも言質はとったからね。僕の前で精一杯などど言ったことを後悔するがいい。
「言ったね。それじゃあ可及的速やかに解決しなきゃいけない問題をまとめてよ。」
なぜか僕の周りの人間は優秀な人ばかり。マリエッタもそうだ。類は友を呼ばなかった。
本来宰相というのは高度な政治判断を下すものらしいが、残念ながら僕には何が問題なのかすら分からない。そして分かったところで解決なんてもちろんできない。
何をすればいいかも実は全く分からないんだよ僕は。幸いにもマリエッタが精一杯仕事してくれるらしいから、全部振っちゃおう。
僕がやると絶対ひどいことになるしね。運はもっていないほうだ。
「わかりました。期限はどれほどで?」
「明日まで」
マリエッタの顔が少し曇った。
「大浴場の使用許可を取っていたんですが・・・わかりました。正午までにはなんとか間に合わせます。では失礼します」
マリエッタが退室しました。
無茶ぶりが過ぎただろうか。ちょっと嫌な顔をされてしまった。でも仕方がない。
急がないと殺される気がしてならない。僕はビビりなんだ。
マリエッタは自身の所属する組織の情報部に連絡をしていた。
「私です。大至急ウィリアム様に関わる問題点の洗い出しをします。政敵、軍事外交、経済など全てです。あと暗殺を随分警戒されていましたのでこれの対応を最優先で。私もこれから向かいます」
通話を切り小さく溜息をつく。
「杞憂なら良いのですが、今までそうだった試しがありませんからね」
これから起こるであろう災難を想像しながらも、マリエッタは足早に目的地へ向かっていく。
就任式典を何とか乗り切り、マリエッタに指示を出したらどっと疲れが出てきた。時間は22時。
ベッドに倒れ込む。フワフワでいい寝心地だ。
思い返すと式典出席とフワフワの指示をした以外何もしていないが無能故に疲れてしまった。
慣れない式典とか凄く疲れる。国政の事実上トップの宰相任命式なら猶更だ。
めっちゃ緊張したよ。右手と右足、同時に前に出てたかも。
てか粉骨砕身励ませていただきますって何?
自分で言っておいてなんだかもっとましな挨拶あったよね。恥ずかしい・・・
僕が寝ているこの部屋は官邸というめっちゃ大きい建物の一室である。執務室もこの官邸の中にあり、食堂やお風呂、運動場に図書館、音楽ホールなどなんでもある。
全てが豪華絢爛といった感じで一般人だった僕にとっては落ち着かないが、お風呂も凄いとの情報を聞いていた。是非体験したかったのだが、建物が大きいので僕の部屋から少し遠いのだ。
そういえばマリエッタがせっかくお風呂の使用許可とったのにってぼやいてたな。補佐とか秘書とかでも許可があれば入れるんだね。知らなかった。
悪いことしちゃったな。後で埋め合わせしよ。
お風呂は好きだ。本当なら毎晩欠かさず入るのだが・・・
疲れてしまって歩きたくない。僕はめんどくさがりなのだ。
無能のめんどくさがりとは救えない奴もいるもんだ。
お風呂に入る予定だったけど明日の朝でいいやもう。寝ちゃおう。
「ウィリアム様。お疲れ様で」
「!!?」
天井から急に人が音もなく降ってきたので絶句して固まってしまった。降ってきたのが顔中包帯まみれの長身の男なら尚更だ。
「あっしです。風呂の罠を看破されているとは。流石で」
包帯男はシトラだった。失職し暇だった時に知り合った僕の友人だ。実は何をしている人なのか全く知らないのだが、困りごとを相談するといつの間にか解決してくれたりする凄い奴なのだ。
「??ああ、今日は疲れたからね。早めに寝ようと思って」
「取り敢えず始末しやした。捕縛したかったんですが相当の手練れでして。すいやせん、次は必ず元を断ちやす」
「?そうなんだ。手練れ?結構強かったなら深追いしなくていいんじゃない?」
「・・・」
シトラが無言で僕を見ている。悪い奴じゃないけどシトラはよく何を言っているのかわからないときがあり、少々困っていた。包帯の隙間から見えるシトラの漆黒の目に僕の間の抜けた顔が映っていた。
「それにかえって危なくない?」
「個人的には潰せる内に潰すほうが良いような気がしやすが・・・暗殺されかけてこの余裕、豪胆でいらっしゃる」
・・・・え!?聞き捨てならないよ?刺客、手練れ・・・僕暗殺されかけてたの!?
「泳がすならマリエッタ殿にも共有しやしょうか?」
「是非お願いするよ!あとやれそうなら良い感じにやっちゃっていいから!」
命がかかった僕の返事は今までの人生で最もハキハキとしていた。
「承知しやした。」
声だけを置き去りにしてシトラはいつの間にか部屋から去っていた。
「こわっ・・・」
暗殺されそうになった事実を無理やり思考放棄する。前任も殺されているんだから僕だって殺される確率は低くないとは思っていたが、まさか就任当日に殺されそうになるとは思っていなかった。
だが殺されそうになった強すぎる恐怖が逆に僕をクールにした。そもそも手練れの刺客に狙われているとしても僕が出来ることは何もない。何だ、いつも通りじゃん。
シトラが急に来たからびっくりして忘れていたが、疲れたから寝るところだったのだ。
僕は寝ることにした。明日は良い日になるといいね、ウィリアム。
翌日。
あんなことがあったのにもかかわらず以外にぐっすり寝てしまい、目をこすりながら昨日入れなかったお風呂へ向かうと、何やら人込みが出来ている。その中に険しい顔をしたマリエッタを見つけた。
「おはようマリエッタ。これ何の騒ぎ?」
「現場検証だそうです。ウィリアムさんが昨日電話してくれた刺客による暗殺の件です」
「??」
眠さと疲れがお化粧の下から少し透けていた。だがそれでもマリエッタは美人だなあなどとどうでもいいことを考えていると、
「今回もどうお礼をすればいいか・・・昨日命じられた山のような調査がなかったら私は今頃浴槽で死んでいました。助けてくださってありがとうございます」
僕はここでようやく昨晩シトラが言っていたことを思い出した。
風呂の罠。
マリエッタが続ける。
「捜査員曰くガスらしいです。それも色も匂いも一切無く、ひと吸いで昇天する劇物だとか」
怖っっ!!全然気が付かなかった!僕もお風呂入ろうとしてたよ。
「そりゃ怖いね。誰か被害にあったりしたの?」
「宰相貸し切りの札が立っていたので被害者は無しです。ウィリアム様の策ですよね。どうやって気付いたんです?」
「面倒だったからね」
また変な返答をしちゃった。疲れててお風呂に入るのが面倒だったって言わないと伝わらないよね。
でもわざわざ言い直すほどでもないか。
「まさかもう対処済みですか?」
暗殺未遂のことだよね多分。シトラもマリエッタもちゃんと主語をつけなさい。
何のことだか分からなくて困るのはいつも僕なんだよ。
「友達に任せちゃった。いい感じにやっといてって言ってあるし、何かあったら連絡があるだろうから宜しくね」
捜査員たちがザワつく。小声で信じられんとか噂は本当だったのかとか聞こえてくる。
ふっ・・・もう僕の悪評が官邸捜査員まで伝わっているのか。
さっきまで写真を撮ったり連絡したり設備を見たりみんな忙し気だったのに、気付けばみんな驚きや混乱や不気味なものを見るような目で僕を見ていた。
なんだか僕が悪者みたいな感じになってるな・・・被害者側のはずなのに。
「わかりました。流石ですね、ウィリアムさん。今回もほとんど何も出来ませんでした。あなたの補佐役を任されているのに・・・」
うん、何言ってるんだろう。今回も?もう解決済みみたいな雰囲気を出してるね?
シトラに出来ない仕事をするのはマリエッタ、君だよ?
「いいって。それよりお風呂、許可まで取って楽しみにしてたんでしょ?邪魔してごめん。埋め合わせさせてよ」
「命を助けていただいただけで十分過ぎますよ。お気持ちだけ頂戴します」
「謙虚だねぇ。あっ、適当なところで報告よろしくね」
マリエッタは大商会と太いパイプを持っている。あそこは凄い情報部があるみたいだし、官邸事情も何故か詳しいらしい。犯人の特定まで行かなくても容疑者くらいなら分かるかもしれない。
まあ容疑者を知ったところで暗殺の回避なんて出来ないけど。今回は運が良かったな。
暗殺対称な時点で運はどん底な気がするけれど。
「承知しました。」
心なしかマリエッタの表情と声色は少し明るかった。