8:べ、別に、恩返しとかでメイドになってあげるわけじゃないんだからねっ!
「何ジロジロ見てんのよ、下品ね!」
そう叫びながら顔を真っ赤にしているのは、金髪のツインテールをぶんぶんと揺らす女性だった。
彼女は絵に描いたような色白美人で、しかも胸部の突起や臀部の盛り上がりが激しい。目に毒だ。俺は慌てて目を逸らした。
「あの……貴女が空から落ちて来た方で間違いありませんか?」
紳士口調で恐る恐る尋ねてみる。すると、美女はふんと鼻を鳴らして俺に言った。
「悪かったわね、空から落ちて来て! べ、別に、アンタの助けなんかなくてもアタシ、何事もなく着地できたんだから! 勘違いしないでよねっ」
今にも噛みついて来そうな勢い。何なんだ、この人は……?
アリサは俺の隣であっかんべーをしている。こいつもわけわからん。
「レディ、なぜ落ちていらっしゃったのです? 私もこれでも一応ぶつかられた身。できれば聞かせていただきたく」
「へ、へぇ〜。偉そうにしちゃってさ。でもアタシ、知ってるんだから! アンタがさっき、目を回しながら涎垂らして『可愛いなぁ、可愛いなぁ』って言ってた馬鹿男だってことをね!」
「な、なっ……?」
俺、そんなことを言ってたのか!? 慌てる俺だったが、すぐに助け舟が出された。
「ウィルド様はそんな人じゃありませんよ! おねーさん、いくら美人でも恩人のウィルド様にそんな嘘を吐いて困らせちゃダメです! このアリサ、おねーさんに決闘を申し込みますッ!」
決闘云々はともかく、さっきのは『おねーさん』の嘘だとわかって安心した。本当だったら俺の人生詰んでたもんな。
そんな俺の安堵も知らず、アリサに決闘を申し込まれたらしい女性が真っ赤になっている。
「べ、別に嘘じゃないし! て、照れ隠しで言ったわけじゃないから! でも決闘とかはなしよ! なしなし! だ、だけどっ、怖いからってわけじゃないから! ほんと腹立つ! ムキィーーー!」
何を勝手に一人で興奮しているのかわからない。相手しづらい人だな、と俺は思った。
ため息を吐きたいのを堪えつつ、地団駄を踏んでいる彼女に歩み寄る。そして紳士スマイルを浮かべて見せた。
「私はウィルド。まずはお嬢さんのお名前を教えてくださいませんか」
「な、名前!? 名前は…………。名前なんかどうでもいいでしょ! 呼びたきゃ『美人さん』だの『可愛いお嬢さん』だの、勝手に名前をつけるだの好きにすればいいわよ!!!」
唾を飛ばして答える女性。
名前を隠したい事情でもあるのだろうか。嫌なら無理には聞き出さないが、なんだか気になるな。
でもまあそんな問題はひとまず後回しにしよう。
俺はとりあえず興奮状態の彼女をどうやって落ち着けせようかと思案するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「空から降って来たのは……そう、たまたまよたまたま! 魔法で空を飛ぶ練習をしてたら落っこちちゃったんじゃない?」
「なんでそこに疑問系になるんですー? おねーさん、何か隠し事してません?」
「し、してないわよっ! 失礼ね! ぶっ飛ばしてもいいのよ!?」
依然として名前のわからない『おねーさん』は、今、アリサと睨み合いをしている。
彼女がギャアギャア叫ぶものだから話が一向に進まない。それに要所要所で色々誤魔化そうとしているのだ。空から落ちて来た点や美人であることを含め、なかなかに怪しい。
「まさか俺たちの命を狙った暗殺者だったりしないだろうな……」
俺を頭上から殺そうとして空を飛んだはいいものの、落ちて失敗したというへっぽこ暗殺者なのではないか?
そう考えたが、今は貴族でも何でもない俺が襲われる謂れはない。変に重大に考えるのも良くないだろう。
ならどうしてこんな道端で派手な出会いをしてしまったのだろうかは謎のままだが。
そしてそれからしばらく色々と話をし、わかったことがいくつかある。
まずこの女性にはまるで敵意がないこと。そして彼女のこの興奮状態は、いくらなだめても治らない。つまり元々こういう人間なのだろうということ。
それに――。
「ふぅん。なら、アタシがメイドになってやってもいいわよ?」
とんでもない思考回路を持っていること、である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なぜ女性が『メイドになってやってもいいわよ?』などと言い出したかといえば、アリサをうちのメイドだと紹介したからである。
「その子がアンタのメイド。ってことはアンタ、いいとこの貴族なのね?」とすっかり勘違いしたようだ。どうやら身寄りがないらしい彼女は、俺に雇われるのが好都合だと思ったのだろう。
……初対面の美女にそんな誘いを受けたこちら側がどんな思いをするかなど、向こうは微塵も考えていないに違いない。
「お言葉はありがたいですが、名前などが確認できない以上、傍に置いておくわけには」
「ふん! 名前なんてどうでもいいでしょうが! そんなつまらないことでアタシの親切心を無碍にするつもり? べ、別に、恩返しとかでメイドになってあげるわけじゃないんだからねっ!」
「…………」
俺は迷った。こんな面倒な人間をできれば屋敷に入れたくない。
だが実質、俺が職を見つけて働き出した時、屋敷の管理をアリサに任せられないのは事実だった。俺はしばらく考え込んだ結果――。
「不要になったらすぐ追い出しますからね」
彼女の申し出を承認することにした。
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