5:愛してます、ウィルド様 ……愛、軽くね?
アリサへのメイド教育はなかなかにハードだった。
何がハードかといえば、こいつ、真性のドジなのである。何をやっても何を教えても呑み込みが多く、失敗ばかりする。
そのくせいつも目をキラキラさせて俺に「アリサ、頑張ります!」と笑顔で言うものだから、教育をサボることもできない。俺はどうしたものかと迷いつつ、仕事探しの合間にアリサの躾を続けた――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おはようございます、ウィルド様!」
「う〜ん。…………っ、アリサ!?」
俺はある朝、仰天してベッドから飛び起きた。
ベッドのすぐ傍にはピンク髪を肩元で揺らすメイド、アリサの姿がある。彼女は頬を赤らめ、俺の枕元に立っていた。
そして彼女は恭しく――のつもりなだけで全然マナーが整っていない――お辞儀をして、一言。
「ウィルド様、愛してますっ!」
朝っぱらからとんでもないことを言ったのである。
「は……? ちょ、えぇっ!?」
わけがわからない。
普段俺はいつも一人で起床していた。伯爵家にいた頃は違ったが、ここ最近はもう慣れたものである。
なのに今日突然、アリサが俺の部屋にいつの間にかやって来ていて、しかも、妙なことを言い出しているわけだ。俺は困惑するしかなかった。
「アリサってば、ダメダメなメイドじゃないですか〜。お料理は黒焦げにしちゃうし、お皿は割っちゃうし、アイロン掛けに失敗してせっかくのウィルド様のお洋服をボロボロにするし……」
うん。確かに今彼女が口にしたのは、ここ数日で彼女がやらかしたことだ。改めて考えるとこれだけ失敗しまくるのはある意味すごいのかも知れない。
「だから、代わりにアリサはアリサのできることをやろうと思って! アリサにできること、それは毎朝ウィルド様のご尊顔を眺め……じゃなくてウィルド様を起こして差し上げて、それから心地の良い朝を過ごしていただくことです!」
そういえば昨日、アリサに「人には向き不向きがあるんだ」みたいな話をしたことを思い出す。
しかしそれをこんな風な意味で受け取るとは思わなかった。というか、別にこんなサービス俺は頼んでいない。
「なあアリサ。起こしてくれるのはありがたいんだが、愛の言葉ってのはそう簡単に口にするものじゃないぞ。それはメイドの仕事じゃないから」
それは多分妻の仕事だと思う。まあ俺に妻などいないので詳しくは知らないのだが。
しかしアリサは膨れっ面でぶんぶんと首を振った。
「いーえ、簡単になんて言ってません! だってアリサはウィルド様のこと、本気で大好きなんですから! ウィルド様に助けていただいたあの日から、ずっと愛してます」
「愛、軽くね? ……ってかお前、まだ十歳そこそこだろう。俺みたいな疲れ切った行き遅れ男に恋する暇があったら勉強でもしてろ」
「ウィルド様は素敵な方です! まだお若いですしかっこいいですよ!!! ……それにアリサ、十歳なんかじゃありません。これでも立派な十七歳の乙女なんです」
――アリサの驚きの発言に、俺は絶句した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後これからアリサにどう接していいのかという難問に頭を悩ませ続け、仕事探しどころではなくなった。
十歳ほどの女の子だからこそメイドとして傍に置いてやろうと思っていただけであって、年頃の女子と同棲するつもりなんてちっともなかったのだ。
「なのにどうしてこんなことになった……?」
わからない。だが重要なことは、アリサが本気で俺のことを好いているということだ。
「ウィルド様、愛してますっ! さあさあ、美味しい朝ごはんを作ってください〜!」
「それ、主人に言うセリフじゃないだろ」
「えへへ」
今もとても十七歳とは思えない顔で、アリサは笑っている。
……人の気も知らないで呑気な奴だ。
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