48:その後のこと
「ここまで来たその心意気、見事だ。褒めて遣わす」
ボロボロのメイド服の少女は、そう言って俺を抱きしめた。
ああ、胸が。ボヨンボヨンの胸が俺の胸板を刺激する。思わず高揚してしまう顔を見られないように顔を背けたが、隣のトーニャにはバレバレだったようで舌打ちされてしまった。
決死の覚悟で戦い、囚われの姫君を救い出した英雄は姫君と結婚しました。
おとぎ話のそんなフレーズがあるのを思い出し、俺は苦笑する。
パレクシアの方から見ればきっと、今こうしてここにいる俺は、彼女のために必死に戦った末にここまで辿り着いたと思うだろう。しかし実際は汚れ仕事は全部メイドたちに任せ、姫君を連れ出すシーンだけ俺が独り占めしているのである。自分でもかなり汚い男だなという自覚はあった。
パミラを完全降伏させ、エメルダと合流した上でパミラの案内で地下牢まで到着した俺たち一行。
城が半壊した衝撃で崩れていた入り口をこじ開け、地下牢の中に入った。そしてパレクシアとこうして再会した、というのが今までの流れである。
しかし一つおかしな点があった。
「お前、捕まってたんじゃないのか。どうして外に出てるんだ?」
「愚かですわね、ウィルド。あそこで固まっている子豚殿下を見なさい。本来なら子豚殿下が英雄役をやるつもりだったのを、ウィルドが横取りしましたのよ。最低ですわね」
「うわ、ほんとだ!?」
全然気づかなかったが、どうやらパレクシアの他にもう一人いたようだ。
ぽっちゃり体型のその少年こそが、トーニャの言う子豚殿下なのだろう。子豚殿下、ご愁傷様です。
――まあ、そのことは置いておいて。
「イチャイチャしているところ非常に申し訳ないのですが、この城の状態は非常に危ういと思われますので直ちに脱出した方が良いかと」
「アリサもそう思います! それに、これ以上ウィルド様とベタベタされるといくらパレクシアおねーさんでも本気で噛みついちゃいそうなので」
明らかに嫉妬を剥き出しにして俺たちを引き剥がそうとしているエメルダとアリサのこともあるし、そろそろここを出なければならないだろう。
さらば、エトペチカ帝城。破壊するだけ破壊して申し訳ない気持ちでいっぱいだが、どうしようもないので帰らせていただこう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パレクシアと子豚殿下を無事に救出し、俺たちは城を出ることができた。
城外に出るなりルルに詰め寄られ、
「こっそり見させてもらったよ、『彼女』と抱き合ったところを。ボクなんか抱き合うどころか手を繋いでもくれないのにね? 身分かい? やはり身分が低いからダメなのかい? やっぱりそうなんだね。ああ、憎い。憎い憎い憎い憎い。憎過ぎてどうにかなってしまいそうだ。今ここで殺しちゃダメかな?」
などと言われてゾッとした一幕などはあったが、まあなんとかなった。なんとかした。
しかし、それだけでは終わらない。このままハッピーエンド……となるはずもなく、次に浮かび上がって来た問題はパミラについて。
どうして謀反など起こしたのか? なぜ仲の良かった姉を処刑するまでに至ったのか? 女帝という地位を失った彼女はどうやって生きていくつもりなのか? それらの問題を解決しない限り、国に帰ることはできない。
これは他国の政治に大きく関わる話なので、俺が決めていいわけがない。ということでパレクシアに一任されることになった。
――そしてその結果。
「この娘を新しいメイドにしてちょうだい。帝位はパットに継がせるわ」
ということになった。
戸惑う俺に、パレクシアが当たり前だとでも言うような態度で説明した内容は、以下の通りだ。
「実はパミラ、アタクシの政治が気に入らなかったみたいなのよね。アタクシ、ちょっと人使いが荒い人間で、パミラを疲弊させちゃってたらしいのよ。それでパミラが癇癪を起こしてアタクシを殺そうとしたってわけ。それにしてもなかなか意志の強い子よね、ただの思いつきで実行した作戦を数ヶ月経ってもまだ続けようと思っていたなんて。
でも実際そんな短気な子が女帝になれるわけないでしょ? だから辞めてもらったの。でもそれだったら代わりの仕事が見つからなくて困るから、メイドにしてあげようってわけ。どう、悪い考えじゃないわよね?」
押し付けがましいことこの上ない。というか、当たり前のようにメイドを増やさないでほしい。
当のパミラはビクビクして「嫌! 嫌ぁ!」と泣き叫んでいたが、パレクシアの目は本気だった。これは認められるまで絶対言われ続けられるやつだと思い、パミラに対して若干申し訳なく思いながらも俺はそれを認めるしかなかった。
しかしその決定に否の声を上げる人物が一人。
「ひどいですぅ〜またライバルが増えるじゃないですかぁ!」
青い瞳を潤ませ、今にも泣きそうになっているのはアリサだった。
アリサは俺を好いている。鈍感な方だと言われる俺でも、毎朝あれだけキスされていればわかるくらいの好かれっぷりだ。
だから他の女がどんどん増えるのは面白くないのだろう。ルルあたりにより一層恨まれるのも嫌だし、俺だって正直なところは拒みたい。だがパレクシアの圧が凄過ぎてどうにもならないのだ。
「アリサ、俺は少女趣味じゃないから安心しろ。パミラに欲情することはないぞ」
「むぅ。じゃあそれって、アリサのことも度外視してるってことですよね! アリサ、こんなにもウィルド様のこと愛してるのに! それを言っちゃうとパレクシアおねーさんの勝ち確ですよぅ! ずるいずるいずるいっ」
「やかましいですわ、ピンク頭。新入りの元女帝など蹴散らせばいいだけの話でしてよ。それにあなたならばウィルドとの結婚を無理矢理申し込むことも可能でしょう」
俺とアリサの問答に口を挟んで来たのはトーニャだった。
「それ、どういうことですかぁ……?」
「青き血の流るる者の求婚を拒むことは何者であってもできない。そういうことですわ。……尻軽なことしか取り柄のないピンク頭は知らなかったでしょうけれど、あなた、実はレシーア王族ですのよ?」
「「えっ」」
俺とアリサは同時に驚愕。
だってそうだろう。俺たちの出会いの場所は治安の悪い貧しい地域だ。アリサはずっとそこで暮らしていたと言っていたし、彼女の反応を見てもそれは間違いない。それが王族だなんて……。
「ふーん、アンタ、ずっと隠してたんだと思ってたけど違ったのね、アリサ。無自覚な落し胤ってわけね。――アンタには絶対。ぜーったい負けないから」
しかし皇族であり、王族のことも多少は知っているであろうパレクシアからさえそんな風に言われてしまっては、否定しようにもできなかった。
「あ、アリサ、王子様の子供……なんですか? 見ず知らずの馬の骨じゃなくて? お母さんの愛したたった一人の男の人の子供ってことですよね?」
「そうなりますわ」
「やったぁ! やった! アリサ、要らない子じゃなかったんだ! お母さんと王子様が愛し合って生まれた、本当の子供だったなんて……!」
そこからアリサは狂喜乱舞し、やったぁやったぁと数十回繰り返していた。
俺にはさっぱり何が何だかわからない。それをいちいち説明してもらう気力も体力も、今は残っていなかった。
「ああ、さらに面倒なことになりそうだな……」
レシーア王国元王子の娘、エトペチカの元女帝その一、強過ぎる戦闘メイド、稀代の聖女でありながらそれを明かしていない公爵令嬢、魔女、そしてエトペチカの元女帝その二。
錚々たる顔ぶれのこの六人が、俺のメイドであるらしい。
勘弁してくれ。
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