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30:メイド選手権②パレクシア

 たぷんたぷんと柔らかな胸が揺れている。

 それが俺の煩悩を刺激した。だが我慢だ。メイドに手を出す主人なんて一番醜聞になるやつだぞ。俺はもう貴族じゃないが、それにしたっていやらし過ぎる。


 そんな風に理性と戦っている俺の内心など知らず、金髪の女――パレクシアは俺の顔の前にぐぃ、と顔を突き出して言った。


「ねぇ。今見てたわよね? ね? 見てたでしょう。見てたんでしょう。正直におっしゃいなさい! そうしないと……後でどうなっても知らないわよ?」


「は、はひ……。見てました」


 怖い顔で凄んでくるパレクシアに逆らうことができず、俺は情けない声を漏らすしかなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 お役立ちメイド選手権は一日目が無事に終了し二日目に突入。

 ちなみにアリサをお役立ち度で採点するなら30点だった。たっぷり甘やかしてくれた分多めに見てやるとする。


 そして今日はパレクシアの番だ。俺の仕事が休みなので一日中付き合うことになる。


「さっさと起きなさいよ、ご主人様! ご飯できてるわよ!」


 朝の第一声はそれだ。いきなり怒鳴らないでほしい。

 昨日とは打って変わってボディラインを見せつけるようなメイド服を着ている彼女を間近で見ると、いつも以上にデパっている部分が色々と気になってしまう。

 それをどうにか意識の外に追い出すと、俺は頷いた。


「パレクシアも料理できるようになったんだな」


「あ、当たり前でしょ! アタシ物覚えはいい方なんだから!」


「そうか。どんな味か楽しみだ」


 朝食はなかなかに食べられるものだった。

 エメルダに一歩及ばないが、それでも俺の料理よりは断然いい。短期間でこれほどにまで成長したのかと驚いた。

 パレクシアは自慢げであった。



 だがしかしメイドに求められているのは料理だけではない。

 次は掃除である。昨日、アリサがほっぽり出していたせいで二日分の汚れが溜まっており、屋敷はうっすらと埃をかぶっていた。


「一人でできるのか?」


「できるわよ、これくらい。アンタの部屋を掃除するから絶対見ないで! 絶対だからね!」


「はいはい。わかったわかった」


 そうは言ったものの、俺は不安で仕方がない。

 アリサほどドジはやらないだろうが、彼女が万能メイドとはどうにも思えないのである。

 それにお役立ちメイド度……そもそもそんなものがあるかはわからないが、ともかくそれを測るに当たっても仕事ぶりを見ることが大事だろう。


「見ないでくれとは言われたが仕方ない。少しばかり覗いてみるか」


 その考えが大きな間違いだったとも知らず、俺は自分の部屋へ向かい、小さくドアを開けて中を覗き込んだ。

 そして俺は呆然とした。


「…………」


 パレクシアがベッドにかがみ込み、その匂いを嗅いで幸せそうな顔をしていたのだ。

 俺は一体何を見せられているのだろう。否、見せられているのではない。覗いてしまったのである。絶対に見るなと言われたいたのに覗きをしてしまった。


「あぁもういい匂い。普段はあの娘がベッドメイキングしちゃうけど、今日だけは全部アタシのものなんだから。

 もしこんな姿見られたら変態だと思われるわよね。仮にも教育を受けていた淑女のアタシがこんなことしてるだなんてばあやに怒られるわ。でも今だけ。今だけ……」


 そんなことを言いながらベッドに顔を埋めるパレクシア。

 その姿を目撃してしまった俺は、あまりに動揺して身動きすらできない。そして俺の存在にまだ気づいていないパレクシアはひたすら独り言を漏らし続ける。


「恋に溺れる女なんて、恥ずかしい。アタシは、アタクシは、難攻不落の女帝なのよ。あんな男に絆されるなんて、あってはならないことなのに。なんで、こんなに苦しいのかしら。どうして……なの?」


 パレクシアの声が震えた。

 泣いているのだろうか。そう思った瞬間、俺の全身にどうしようもない罪悪感がのしかかる。俺が泣かせた? いやいやそんなはずはない。ではなぜ。


 混乱する俺は、そのまましばらくそこに立ち尽くしていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そして俺は当然のようにパレクシアに覗き見を見つかり、激しく詰問されることになった。

 彼女の顔は怒りやら羞恥やらで真っ赤に染まっている。


「ねぇ。今見てたわよね? ね? 見てたでしょう。見てたんでしょう。正直におっしゃいなさい! そうしないと……後でどうなっても知らないわよ?」


「は、はひ……。見てました」


「どこからどこまで見てたのかしら? 白状なさい。さあ早く」


 こんなに激怒した姿を見たのは初めてだった。

 背筋に冷たいものを感じて、俺はすくみ上がりながら辿々しく答えた。


「ベッドの匂いを嗅いで……顔を埋めて泣いてるところを、ちらっと」


「ほぼ全部じゃない!! この、バカ――!!!」


 バシッと平手打ちを食らってしまった。

 メイドにあるまじき行為で大きく減点だとは思うが、そもそも悪いのは俺なので大人しくしているとする。

 そんな俺をキッと睨みつけたままパレクシアは続けた。


「このことは絶対、絶対の絶対、内密にすること。これは『命令』よ」


「メイドが主人に命令するのは、さすがにどうかと思うぞ」


「うるさい。『我の名において命ずる。決して口外するな。破れば貴様に災いが至るであろう』」


 パレクシアの瞳からスッと熱が消え、声が氷のように冷たくなる。

 見た目は普段のパレクシアだ。なのに、まるで別人が乗り移ったかのようだった。

 恐怖に屈した俺は壊れた人形のようにただひたすらに首を縦に振り続けるしかなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ご主人様があんまりにも悪い子だからイジメちゃったじゃない。どうやって責任取ってくれるのよ?」

「責任取るって、どういう……?」

「そのまんまよ。あ、アタシを、娶る栄誉をあげるわ。ほら、喜びなさい!」

「それって名誉なのか……」


 その後はもう凄まじかった。

 俺が覗きをした責任を取れと言って、大っぴらに求婚をぶちかまして来たのである。何から何までメイドのすることじゃない。


 確かにパレクシアは魅力的だ。それは認めよう。はっきり言って異性として意識していないわけではない。

 だが、彼女にはルルと同類の恐ろしさを感じた。いつものツンデレな顔とまるで違う冷酷な化け物を心の内に飼っている……そんな気がしたのだ。

 でもパレクシアの求婚を断る勇気は俺にはなかった。それに、ベッドをあんな風に幸せそうに嗅ぐ様子だってきっちり記憶してしまったわけだし。


「と、とりあえず返事は保留させてくれ。今はお役立ちメイド選手権の最中だろ?」


「そんな下手な言い訳はいらないわよ! どーせあの娘がいいんでしょうが! あの青髪、どこがいいのよ!! あんな地味な使用人のどこがいいっていうのよ!?」


「料理美味いし、気遣いできるし、優秀だし……。なぁ?」


「なぁ、じゃないわよ! アタシがこれほど尽くしてあげてるんだから少しは見直したらどうなのよ?」


 見直す要素よりも、不安になる要素の方が多過ぎる。

 しかし口に出せば何と言われるかわからないので、言えない。


「あーもう仕方ないわね! ご主人様のバーカ! 最低! もう知らないんだから!!!」


 やけくそ気味に叫んで、厨房の方へ走って行ってしまうパレクシアを俺はただただ見送った。

 その日の夕食はしょっぱい涙の味がした気がしたのだった。

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