25:仕方ないのでメイドにしたが……
魔女の凄まじい狂気に、俺はしばらく声も出なかった。
ただただ恐ろしい、というか悍ましいというか。まるでこの世の者じゃない遺物と対峙しているかのような気分になったのだ。
「さあ。答えを聞かせてほしい。男好きなボクは今でもウズウズしてるんだ。なんなら今ここでもヤらせてほしいくらいだね」
「やるって何をですか? 楽しいことなら、アリサも付き合いますけど……」
「とりあえずヤるより前に殺る方が先かな」
全然噛み合っていないアリサと黒髪女、ルルの会話を聞きながら、俺は立ちすくんで動けなくなってしまう。
そんな俺をぎろ、と睨みつけたトーニャは、「はぁ」と面倒臭そうにため息を吐いていた。
「ああ、汚らわしい。同じ空気を吸っていることすら不快ですわ。そっちがその気なら、ワタクシも本気で排除させていただいてもよろしいかしら」
「おや? 君のような魔力のない女がボクと戦おうとはどういうつもりなのかな。それとも見栄からの戯言かい?」
「くだらない戯言はそちらでしてよ。反吐が出ますわ。二度と口を開けなようにミンチにして差し上げましょう。
魔には光を、ですわ。……この世で最も尊く、神に愛された娘であるワタクシ、トーニャ・セルナラータを舐められては困りますわね」
「それは一体、どういう――」
「『聖なる光よ、魔を縛りて苦を与えよ』」
「……っ!」
俺には何が起こったのか、さっぱりわけがわからなかった。
つい先ほどまでトーニャとルルが睨み合っていたはずだ。ルルが殺る気満々なのは見えていたから、トーニャが殺されるのではないかと懸念を抱いたくらいは危うい状況だった。
なのに今、膝を屈して地面に座り込んでいるのはトーニャではなくルルの方だった。しかも口から血を垂れ流している。かなりグロい。
ごふ、ごふ、と何度か血の泡を吹いた後、ルルは倒れた。
「と、トーニャ、何をしたんだ」
やっと口が開けるようになった俺に、振り返ったトーニャが説明する。
「言ったでしょう、魔には光を、と。この女の魔を、聖なるワタクシの力で縛りましたの。これでもう身動きが取れないはずですわ」
「聖なる力? そんなん聞いたことないぞ」
「あら、そんなことも存じませんでしたのね。ワタクシ、稀代の聖女ですのよ? ただでさえ尊いワタクシの存在が神話レベルの尊さになってどなたも直視できなくなってしまいますから周囲には伏せていたことですけれど、ウィルドは知っているだろうと思っていましたけれど愚かな雄犬に理解を求めるのは不可能だったようですわね」
聖女。
魔を祓い、傷を癒すと言い伝えられている存在である。
聖女が生まれれば必ず王の嫁とすることが定められている。しかしもし仮に本当にトーニャが聖女だとすれば王家に報告しなければならないが……。
「まあ、いいか」
俺はとりあえず思考を放棄した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルルが目覚めるまでの間、他のメイドたちにどうして彼女がこの屋敷にメイドとしていたかなどの事情を聴取していた。
四人のメイドたちに聞いたところ、全員が全員俺が騎士団から連れ帰って来たのだという。
やはりルルとの出会いは夢なんかではなかったということだ。そのまま俺はなんらかの術のようなものをかけられて動かされていたのだろうとトーニャは言う。
「確かに、昨晩のご主人様の様子、なんだか変だったもんね」
「アリサが話しかけても聞いてくれなかったですし」
「お疲れなのかと思っておりましたが……。旦那様、気づけず誠に申し訳ございません」
「これは全てウィルドの責任ですわ。ひ弱な性根を鍛え直してやりましょうかしらね」
次々とそんなことを言われて、なんと返事をしていいかわからない俺なのだった。
……ともかく。
「それでなんだが、ルル。どうやら俺はお前のことをすでに雇った後らしいんだが……どうすればいいんだ?」
「解雇しようというのかい? それは無理な話だ。昨日の時点ですでに契約は結んである。書面じゃなくて魔術による、ね。だからそれを解除するか否かはボクの意思に委ねられている。そして当然、少し凹まされた程度で負けを認めるボクじゃない。
魔法は封じられてしまったから残念ながらキミの心を奪うことは叶わないが、それでもいつまでも一緒にいさせてほしい。
それくらいのわがままを言っても許されるんじゃないのかな、ウィルド様?」
相手はメイドだ。ただならぬ悪しき何かだとは思うのだが、とにかく表向きはメイドの皮をかぶっていることは確かだ。
なのに主人のはずの俺が命令されるとは一体どういうことなのだろうか。もう、理解したくもない。
こうしてルル――本名・年齢・住所・目的など全てが不詳の最高にやばい女――は、俺のメイドとなってしまったのである。
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