21:やっぱり悪魔だった
「旦那様、お疲れのご様子でございますね」
「あぁ……今日も疲れた」
ある日の夜、俺はエメルダに注いでもらった美味しい紅茶を啜りながら、深くため息を吐いていた。
トーニャが来てからというもの、屋敷の中で安心して過ごせる時間が非常に少なくなってしまったのでこうした憩いの場を設けてくれるのはありがたい。エメルダだけなら気を抜いていられるから楽だ。
「騎士団のお仕事、というよりはやはり彼女ですか」
「ああ。トーニャがきつすぎる。めっちゃきつい」
嫌味や暴言は当たり前のこと、ひどい時には静かにビンタを食らわせられる。
しかもアリサからは涙目で「トーニャおねーさんにいじめられてるんですぅ」と訴えられたり、パレクシアからもご主人様なんだからなんとかしなさいよだの何だの罵声を浴びせ続けられ、俺はかなり精神的に疲弊していた。
まともなのはエメルダだけである。
「だが、そのエメルダもトーニャには敵わないんだよな……」
「お相手が公爵令嬢でなければきちんと教育させていただくのですが。その、作法などのことではなく性格的な矯正という意味ですが」
「あいつ、すぐ身分を笠に着る悪癖があるもんな。なんであんなにも性格捻じ曲がってるのか、幼馴染のはずの俺にもさっぱりわからん」
トーニャは人を見下す天才だと思う。あれほど傲慢な人間を他に俺は知らない。
それともただ単に俺が嫌われているだけなのだろうか? それにしては他のメイドへのあたりが強いのでそれは違うと思うが……。
彼女のことを考えて肩を落とす俺だったが、意外にもエメルダは凹んでいない様子だった。
むしろその逆で、こんなことを言い出した。
「差し出がましいことを申し上げるようですが、別にトーニャ様は悪意をお持ちでないと思いますよ」
「じゃあエメルダはあの態度は悪意以外の何だと思うんだ?」
「他意はない、と言いましょうか。彼女の職務態度を数日見させていただきましたが至って真面目でしたし、観察眼が鋭く、他人のミスを決して見逃さないという能力に長けているように見受けられます。そして言い方は刺々しいもののきっちり指導をなさっていました。その姿を見て私は、少なくとも旦那様がお考えになっているほどには性質の悪いお方ではないのではないかと考えた次第です」
エメルダが淡々と口にする言葉に耳を傾けながら、俺は考え込んだ。
確かにトーニャは口は悪いが、なんだかんだありつつも社交界で上手くやっていた。ごく少数ではあるが友人もいたように思う。
だが……俺にとっては悪い記憶しかないので、エメルダの話をどうにも信じることはできなかった。
「やっぱり俺はあいつと付き合える気がしない。人のことを犬呼ばわりする奴と仲良くなれるかってんだ」
「左様でございますか」
エメルダも俺もそれ以上は何も言わず、俺たち二人以外は誰もいない食堂に沈黙が落ちた。
そして俺は、少しの間忘れていた疲れを改めて自覚する。そろそろ寝るとしよう、そう思って紅茶を飲み干した俺が立ち上がった――その時だった。
「汚らわしい雄犬が、この高貴なるワタクシを貶めようなど考えるとは頭が高いにもほどがありますわね。恥を知りなさい」
どこからともなく現れた紫髪の少女――トーニャに頬をぶっ叩かれたのは。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後散々毒を撒き散らされ、心無い言葉でグサグサ刺された話はあえて割愛しよう。思い出すだけで殴られた頬がズキズキ痛むので……。
ただ一つ言えることがある。それは、トーニャは正真正銘どうしようもなく性根のねじ曲がった悪女、いいや悪魔であるということだ。
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