21.サリスの森掃討戦
「坊主、こいつの鎧も頼んでいいか? トレントにやられちまったらしい」
「わかりました。替えの鎧は用意しているので、すぐに戻るようならそっちを使ってください」
「助かる! そんじゃまた暴れてくるわ!」
防具を壊された冒険者にそう促すと、彼は新たな鎧を装備してすぐさま戦場へと戻っていった。
流石は武闘派ギルド【千獣の覇者】の一員と言うべきか。その背中は実に勇ましい。
ここはサリスの森。
アストリア王国を出て北西に位置する森林地帯で、南北に五キロメートル、東西に三キロメートルの規模で広がっている。
屹立する黒い木々は背が高いものばかりで、いっぱいに広げられた緑の枝葉が空を遮っている。そのため隙間から射し込む日光は頼りなく、日中だが少し薄暗い。
現在の時刻は十七時を少し過ぎた頃。掃討作戦が開始されてから既に四 時間近く経過していた。
武闘派ギルド千獣の覇者、王国の矛であり盾であるアストリア騎士団。この二大勢力によっておこなわれた合同作戦は早くも中盤に差し掛かっている。
ジェラルドやイブキ、そしてマリナが属する前線部隊は既に森の奥地へと進行しており、視界に入る魔物を端から殲滅。負傷した者は後退して立て直すという至って単純な作戦だ。
俺は前線で戦う戦士、騎士達をサポートするため、森の入り口付近に位置する後方支援部隊に身を置いている。
この部隊の内訳は治癒術師が十名、装備の点検をする者が俺を加えて三名。
そして非戦闘員を守るための護衛がアストリア騎士団から五名配備されることになっているのだが、今は四人しかいない。
残りの一名は到着が遅れているらしい。
「クロムくん、お疲れ様です」
そう言って木製の水筒を差し出してくれたのはラミィだ。彼女も治癒術師の一人なので、今回の作戦では同じ部隊に身を置いている。
治癒術師達の主な役目は前線で負傷してきた戦士達の治療と看護。軽傷ならば魔術で傷を塞いで送り出し、重傷者ならその場で寝かせるか状況次第でアストリアへと無事に帰還させる。
幸い今回の作戦ではまだ重傷者は出ていないようだ。このまま上手く終わってくれればいいのだが。
ひとまずラミィから水筒を受け取り、互いの状況確認する。
「ありがとう。そっちは大丈夫? 治癒魔術も使い続けると疲れるでしょ」
「大丈夫ですよ! クロムくんやイブキくんと一緒だった時と比べればこれぐらい朝ご飯前です!」
そう言って誇らしげに胸を張るラミィ。実際、冒険者時代は彼女にとても迷惑をかけたし、何度も窮地を救われた。イブキ共々頭が上がらない。
俺は視線を明後日の方向に泳がせつつ謝罪する。
「はは……その節はご迷惑おかけしました……」
「本当ですよー! クロムくん、いつもは冷静なのにやると決めたら躊躇いないんですから」
ぷくっと頬を膨らませながら怒るラミィを見て、かつての自分の行いを少し反省した。
流石にイブキほど無鉄砲ではなかったが、そもそも彼は俺よりも何倍も優れた剣士だ。
大胆なようでいて繊細な太刀筋。扱いに癖のある刀を意のままに操るその技術は俺がこれまで見てきた剣士の中でも上位に食い込むほどだ。それ故、彼には多少の無茶が押し通せるだけの力があった。
だが俺には突出した戦闘技術が無い。武器の基本的な扱い方はわかっていてもマリナやイブキのように身軽には動けないし、石より固いものは斬れない。
かと言って魔術も父ジンクや姉セレンのように極めることはできず、錬金術の基本である金属の形状変化を習得するのが精一杯だった。
無論、鍛治師にとって本来それらの技能は必要の無いものだ。武器や防具を鍛えるために剣や魔術の才が問われることは無い。
そもそも生産職が戦うこと自体が珍しいことなのだろう。だがそれが間違ってるとは思わない。皆大切なものを守るために日々何かと戦っている。そこに冒険者も生産職も関係無い。誰にだって剣を取る資格はあるのだから。
「まぁ所詮俺に出来ることなんて限られてるからさ。やれることは何だってやりたかったんだ。
自分が冒険者に向いてないのはわかってたけど、それでも二人の力になりたかった。
ははっ、こういうのを分不相応って言うんだろうな」
自分の発言に思わず苦笑してしまった。「最強の武器を作る」という雲を掴むような目標を掲げていながら、尚強さを求めている。
我ながら強欲にもほどがある。
ラミィも呆れていたが、やがて顔を逸らして小さく呟いた。
「そういうところですよ、本当に……」
「どういうところ?」
意味がわからなかったので問いかけてみたが、ラミィは慌てて「何でも無いです!」と言ってその話題はそれっきりだった。
「そ、そういえばクロムくんってこの森の言い伝えって聞いたことありますか?」
「いや、初耳。何かあったっけ?」
「何でもこの森には昔、固有名持ちの魔物がいたんだとか」
「固有名持ちって……危険過ぎて近付くのすら禁止されてるあの?」
魔物の中には子供でも倒せるような弱いものから、大人数で立ち向かってやっと倒せるような強いものまで幅広く存在している。
だがその中でも更に突出した力を持つもの、または特異な力を持つものには畏怖を込めて別の名が与えられる。
それが【固有名持ち】の魔物。あるものは通常の魔物とは比較にならない強さを誇り、またあるものは人間以上の優れた知性を持つともいわれている。
直接遭遇したことは無いのでどれも聞いた話に過ぎないのだが。
「はい。と言ってももうずっと昔に討伐されているみたいですね。
その魔物に与えられていた名前が【サリス】で、それがこの森の由来にもなったそうですよ」
サリスの森。ここでその由来を知ることになるとは思っていなかった。兼ねてから近寄り難い雰囲気のある森ではあったが、かつて強力な魔物が根差していたというのなら納得がいく。
「へぇ、それは知らなかったな。で、どんな魔物だったんだ?」
「地面とか日の光から魔力を吸収する大樹の魔物だったって聞いてます。溜め込んだ魔力が多過ぎて森の外から魔物が集まってきちゃったこともあるそうですよ」
魔物にとって魔力は生命力にも等しい重要なものだ。そのため膨大な魔力の匂いに惹かれて魔物は本来の生息域を離れることがある。
何もおかしなことでは無いが、そこまで考えたところでふと違和感に気づいた。
「それって今の状況とだいぶ一致してないか?」
「そうなんです! ギルドの方でも今回の件にはサリスが関与しているんじゃないかって思ってる方も多くて」
かつて倒されたという固有名持ちの魔物サリス。そして今起こっている不自然な魔物の大量発生。共通点はあるが結びつけるのはやや強引だろうか。
だが先程聞いた話では本来この森にいるはずのない魔物も何体か発見されており、中には荒野に巣食うリザードもいたらしい。
故に森の外から集まってきているという可能性はかなり高い。
「気になるな。どうしてこのタイミングで大量発生なんか起きたんだ……?」
眉間に皺を寄せながら考え込む。
果たして過去のように魔力に釣られて寄ってきたのか。それとも何か別の要因があるのか。
「お、難しい顔してんな〜!」
突然背後から何者かに肩を叩かれ、思わずビクッと身体を震わせてしまった。
どこか聞き覚えのある声。恐る恐る振り返るとそこには予期せぬ懐かしい知り合いがいた。
「よっ、久しぶりだなクロム!」
「ラッセルさん! お久しぶりです。あ、合流が遅れてる騎士ってもしかして……」
「ハハッ、面目ねぇ! 昨日はダチと酒飲み過ぎちまってよ!」
そう言って愉快そうに笑う男。
規律を重んじるアストリア騎士団の一員がこれでいいのか、と突っ込みたくなる。
彼はラッセル。2年前、俺がアストリア王国へ向かっている時に同じ馬車に乗り合わせた騎士だ。
短い白髪、快活で男らしい顔立ち。身長は俺より頭一つ分ほど高く、白亜の鎧で覆われていてもそのがっしりとした逞しい肉体が伝わってくる。
年齢は二十代後半だったはずだが、その快活さから好青年のような印象を受ける。
「そっちの可愛らしいお嬢ちゃんは……もしかしてクロムの恋人か!?」
「ち、違いますっ!」
ラミィは顔を真っ赤にして慌ただしく手を振る。それを見たラッセルは「悪い悪い、冗談さ」とさぞ満足そうに笑った。
「おっと自己紹介がまだだったな。俺はラッセル=グリスマン。アストリアの騎士だ。
にしてもしばらく見ないうちにデカくなったなぁ〜! 同僚から聞いたぜ、武具店始めたんだろ?」
「はい。まだまだ人気店には程遠いですけど」
ラッセルは「ハハッ、謙遜すんなって!」と笑いながら俺の肩をバシバシと力強く叩く。力加減が出来ておらず一回一回が骨まで響く。
「俺も祝いに行ってやりたかったんだが、ちょっと任務で手が離せなくてな。アストリアに帰ってきたのも随分久々なんだよ」
「大変だったんですね……」
よくよく考えてみれば彼と顔を合わせるのはこれで二度目だ。お互い仕事があったとは言え二年近く会わないというのも不自然な気はするが、それほど騎士団の任務が忙しかったということだろう。
「まぁ安心しな。俺が立ってる限りお前らには指一本触れさせねぇからよ!」
胸を力強く叩き、白い歯を見せる騎士。酒癖が悪いことを除けばこれほど理想の騎士様もいないだろう。
「んじゃ、俺は仕事に戻るわ。あんまりサボってると騎士団長様に怒られちまう!」
そう言ってラッセルは逃げるかのようにそそくさとその場を後にした。
嵐が過ぎ去った後のようにラミィがポカンとしている。
「なんかすごい人でしたね……」
「はは……でもああ見えて腕は確かだよ。あの人がいなかったら俺はアストリアまで無事に辿り着けてたかわからないし」
故郷のラステル村から最寄りの街までは定期的に複雑な地形が広がっているため、魔物と出会すことも無かったのだが、そこからアストリアまでの道のりは平坦かつ障害物になるものも少なかったので必然的に魔物が増える。
それもトレントのような動きの鈍い魔物ではなく、ホワイトウルフのような俊敏で凶暴なものばかりだ。一度獣の魔物に殺されかけた身からするとラッセルの護衛は非常に心強かった。
攻防一体を基本とするアストリア槍術で凶暴な魔物を退けた彼の姿は今でもよく覚えている。
自分もこうしてはいられない。彼を見習い鍛治師としての職務を果たそう。
「じゃあ俺も仕事に戻るよ。作戦ももう少し長引きそうだし」
「はい! もう一踏ん張り頑張りましょう!」
互いに互いを鼓舞しあい、俺とラミィは再び自分の仕事場へと戻った。だがその後はあまり出番はなく、後退してきた戦士達に予備用の装備を提供して、後はボーッと木々を眺めるぐらいしかやることがなかった。
「マリナ達は今頃どうしてるかな……」
そう簡単に倒れるような者達でないことぐらいよくわかっているが、流石にこれだけ長時間戦闘を続ければ誰だって疲労もするだろう。千獣の覇者には勇猛な冒険者が多いが、マリナも大概だ。
迷宮探索の際にも思ったが、彼女は戦闘中平然と無茶をするのでこっちは心配で仕方がない。優れた剣術の使い手であることは充分理解しているが、そもそも剣士である前に彼女は一人の少女だ。
無論、彼女の生き方を否定するつもりはない。冒険者として名を轟かせ、お姉さんと再会するという目的は全力で応援するつもりだ。
しかし人間の命は一つしかない。名声を手にするために旅立ち、息絶えた者は数え切れないほど存在している。冒険者という職業はそういうものだ。
夢は叶えて欲しいが危ないことはしてほしくない。そんな相反する感情に悩まされていると、ふと視界の端で何かが通り過ぎた。
「ん……?」
思わず目を細め、木々の間を睨む。その先にはゆっくりと森を闊歩する一つの人影。黒いローブを纏った細身の人物はどこかへと向かっているようだ。
「明らかに前線のメンバーじゃないよな……もしかして迷ってるのか……?」
あの姿から察するにおそらく魔術師か治癒術師だろう。後方支援部隊に後から追加で人員が加わるという話は聞いていないが、だからと言って無視はできない。
ただでさえ視界が悪い森の中だ。魔物がどこに潜んでいるかわからない今、一人で歩かせるのは危険過ぎる。
幸い今は俺の出番は無い。彼あるいは彼女を連れ戻すことは充分可能だ。
こうしている間にも人影はどんどん小さくなっていく。見失ってしまっては元も子もない。俺は念のため愛剣を装備し、深い森の中へと駆け出した。




