第4話 唯一の富豪
この町を仕切っているのは、ご存知のあの人、アイザック・スミス氏である。
無類の女好き、七光りの大バカ野郎だが、ビジネスの才能だけはあった。
今日の道化師キーンは元気がなかった。
昨日、盛大に嘘をついてしまい、そのことで頭がいっぱいだったからだ。
「さてさてさて、どうしたものか」
道化師キーンは頭を抱えて、町中を歩き回っていた。
すると、導かれるように目の前には大きな屋敷が建っていた。
この町に来てあまり長くない道化師キーンは、まだ知らなかった。
実はこの屋敷、あの"アイザック・スミス氏"の自宅である。
しかし、そんなことも知らない道化師キーンは、はっと思いついてしまった。
「よし、決めた。この家を道化師キーンの家だということにしよう。そしたら、嘘はやがて、真実になる」
道化師キーンはこの時、少し無理のある大嘘を彼女について、嘘だと見抜いてもらおうと考えた。
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(スミス視点)
アイザック・スミス氏は、決まって昼食は町一番のレストランへと赴く。
理由は簡単、その店のウェイトレスが、自分の好みの女性だからである。
お腹が空いた彼は、常に行動を共にする執事を呼んだ。
「おい、我が執事よ。昼時だ、あの店へ行こう」
アイザック氏は違和感を感じる。
いつもならすぐにやってくる執事だが、今日はやってこない。
「おい、何をしている?」
アイザック氏が再び呼びつけると、慌てた様子で髭を蓄えた執事がやってきた。
「申し訳ございません。しかし、先程"あの件"に関しての連絡がありまして......」
執事はニヤリと笑い、アイザック氏に報告する。
「ふっふふふ、よくやった。では、明日にでも手配せよ。良いな?」
アイザック氏は不敵に笑みを浮かべる。
すると、屋敷の門の前で、何やら人だかりができていることに気がつく。
「おい、なんだあれは?」
「何やら手品をしているようですな」
髭を蓄えた執事は、じっと目を凝らして外の様子を見つめる。
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(道化師キーン視点)
「こちらをご覧あれ」
観衆の前に立っていたのは、道化師キーンであった。
彼は鳥籠を取り出すと、中身にタネも仕掛けもないことを証明する。
皆の視線が鳥籠に集まると、彼は鳥籠を地面に置き、そしていつもの魔法を唱える。
「嘘はやがて、真実になる」
彼は背中に隠していた大きな布で鳥籠を覆い隠す。
そして、鳥籠に向かって指を鳴らすと、鳥籠が前後左右に揺れ始める。
「じゃじゃーん」
道化師キーンが鳥籠にかかった大きな布を取ると、中から大量のハトが現れたのだ。
鳥籠をあけると、白いハトたちは空に向かって一斉に羽ばたいていった。
ハトの多くは、近くに屋敷の屋根に飛んで行った。
屋敷の前に集まった観衆からは、道化師キーンに割れんばかりの拍手が贈られる。
道化師キーンは、いつものように深々とお辞儀をして、歓声に応えた。
「どうも、ありがとう」
するとそこへ、屋敷の主である"アイザック氏"がやってくる。
「ちょっと君、ここで何をしている?」
道化師キーンはとぼけた様子で答えた。
「ハトと、会話をしていました」
アイザック氏は彼が嘘をついているのがすぐに分かった。
「なら、少しハトと会話をしてみろ」
道化師キーンは戸惑うことなくハトに向かって話しかけた。
「こんにちは、ピー介」
「コンニチハ、キーン」
あろうことか道化師キーンの手のひらに乗る1羽のハトは話し返してきたのだ。
「これは凄い。そのハト、くれないか?」
アイザック氏は喋るハトが気に入ったのか、すぐに買い取ろうとしてきた。
「嫌です」
道化師キーンはすぐに反対する。
すると、腹を立てたアイザック氏が胸から拳銃を取り出し、怒鳴った。
「いいからハトを寄こせ」
道化師キーンの気持ちなどお構いなく、その富豪は執事にハトを受け取らせた。
執事は、受け取ったハトを胸に抱きしめる。
アイザック氏の横暴で、その場の空気が凍りついた。
町で唯一の富豪は、暴君で自分勝手な男であった。