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泡沫メモリーズ  作者: 三神拓哉
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そして誰もいなくなった

プロローグ

 一体どうしてこんなことになったのだろうか。

 雑木林の中を必死に走りながら彼女は自答したが、答えは出なかった。疲労と恐怖から混乱して、脳が正常に働いていないのだ。本当ならば、事の経緯は理解できるはずなのに。

 アレを撒くことはできただろうか。

 つい先ほどまで彼女の後ろからしていた草木の揺れる音が聞こえなくなってきた。もしかして、と思い後ろを確認すると追手はいない。彼女はそのことに安堵すると同時の横から崩れ落ちる。あれから逃げることだけを考え、一心不乱に逃げていたため気づかなかったのか、もしくは恐怖により感覚が麻痺していたからか。どちらにしても彼女は心身と共に限界だった。足には血豆ができ、頭の奥から殴られたような痛みがやまない。汗やよだれで体中が気持ち悪い。何も知らない人が見たら真っ先に救急車を呼ぶだろう。

 今こうして休んでいる間にもアレが一刻と迫ってきていると思うと、すぐに立ち上がらなくてはという焦燥感に駆られる。しかし心とは裏腹に体は糸の切れた操り人形のように動かない。いくら足の神経に集中しても断固として動くことはない。先程まで走れていたのは、火事場の馬鹿力というものだろうか。この状況を打開する策は思いつかない。この状況に対する苛立ちと、逃げなくてはという焦りが渦巻いている。

 どこからともなく草木の揺れる音がする。

 音はどんどん近づいてくるあたり、十中八九居場所はばれているだろう。だが彼女の体力はもう限界だ。アレが近づいてきていると知りながらも動くことはできない、しかし時間は待ってくれない。

アレはもう彼女の見えるところまで来ている。彼女と同じくらいの大きさをした木槌を携えて。

 そんなもの殴られたらひとたまりもないだろう。

 アレは裁判官が着ているような黒いローブを着ている。その姿からは、あの巨体は彼女裁くためだけに造られた、見せかけの存在。そして彼女は今からあの木槌により判決が下される。実刑判決を打てた被告人の錯覚ではないかと思ってしまう。

 異様な方向に曲がっている首、増悪や殺意といったどす黒い目から発されるものは彼女に一抹の希望を抱かせない。

 彼女は目を瞑った。堅く、堅く。

 助けなど来ないことも、ましてはアレが見逃すことがないことも、彼女はわかっている。しかし行き場のない恐怖から逃げるには視界を遮断するしかない。彼女の心のよりどころはもういないのだから。

 急な浮遊感に襲われた。

 驚きもあまり目を開けるとさっきまでいた林ではなく、何もない真っ暗な空間だった。深淵のような場所、というよりここは深淵なのかもしれない。人間の最後の行き着く先は深淵ともいう、彼女はアレに殺されたことでここにきてしまったのかもしれない。

 彼女は混乱している。当然だろう、一瞬の間に真っ暗な空間に放り出されたのだから。ギャップにやられるという奴だろう。

 おっと、どこからだろうか。有名な童謡が聞こえてきた。


 かゴめ かゴめ

 籠の中の鳥は いついつ出やる?

 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った

 後ろの正面 だ あ れ ?


 聞き覚えのある声が彼女の周りをまわる。

 いつこの声を聴いたのだろうか。しかし彼女はこの声を知っているようだ。今にも人を殺しそうな目でどこかを睨みつけている。しかし、動かない。いや、彼女の体は金縛りに罹ったように動けないのだ。しばらくの間動かそうと試みるも、少し痙攣するだけで動くことはない。動かせないのなら仕方がないと割り切り、今一度状況を冷静に考えてみることとした。

 先程まで上がりきっていた呼吸は正常を取り戻し、考えることを放棄していた脳もスイッチが入ったかのように考えることを再開する。

 真っ先に考えることは彼女と身代わりとなって殺された親友についてだ。過ごした時間こそ少なかったが、彼女にとって一番の親友であったことは間違いない。親友の笑顔が好きだった、彼女は親友をなくしたことの哀しさで涙が止まらない。

 親友の死を無駄にしないためにも、この状況から脱出する必要がある。そうは言っても足がくすんで動かないのは変わりない。彼女の心身は共に限界なのだ。

 彼女が動かない間にも時間は進む、気づいた時には元居た林の中に戻ってきていた。彼女は落ち着きのない様子で周囲を見回している。アレはどこにもいない。

 急な展開過ぎて理解が追い付いていないようだが、怪我の功名というものだろう。限界だった精神に少し余裕ができ、動けるようになった。立ち上がり、歩き始める。

 彼女は歩きながら思い出す、『事の経緯』を。そして思い出すにつれてある引っ掛かりを覚える。彼女は踏みとどまる。

 そして気づいてしまった。『事の真相』に。

 だが、ここで彼女の役割はここで終わりを告げる。後ろにいた、アレが。


「あとは任せろ」


 アレはそう言っていた気がする。

 


 

 

「かごめ かごめ」は有名な民謡ですが、地域によって少し歌詞が違うらしいです。

「夜明けの晩に」のところが「夜明けの番人」になる地域もあるようです。

それだけですよ、ただ疑問だっただけです。本当は怖い民謡の歌詞が複数あることがね。

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