第八話 夫妻の温情
「じゃあまずは魔法についてだね。まず、人々は生まれながらに属性の加護を受けている。そしてその属性の力を解放することによって、魔法を使えるんだ。だから理屈で言えば私達人類は全員が魔法を使える。といっても、属性の力を魔法として具現化するためには、媒体となる魔法式を必要とするから………。この説明でわかるかな?」
旦那様はとても頭の良い方で、だからこそ私にわかるように説明するのが難しいらしかった。困惑気味に私と奥様に目をやると、奥様が苦笑いで後を引き受けてくれた。
「魔法陣とか紋章を描かないと、属性の力を魔法にはできないって言われているの。だけど、そういうのを覚えるのが苦手な人とか、属性の加護も人によって強さが違うから、魔法は使えるけどあんまり強いものは使えない人もいるのね」
「………そうなんですか。じゃあ予言者の長老様は、魔法には詳しかったのですね」
「この王都外で魔法式を学べる機会はそうないから、村人達の中では数少ない使い手だったんじゃないのかな。だからこそ予言者としても長老としても、高い信頼を得ていた………。実際どの程度の魔法が使えたのかはわからないけどね」
私は旦那様の話を聞きながら、過去を思い返していた。
そういえば確かに、他に魔法を使えるという人を聞いたことはなかった。母も、おそらく使えなかっただろう。
こくり、と冷めてきた紅茶を嚥下する。
「だからこそ、みんな君への接し方を間違えたんだろう。多分君が強い力を持っていると言うのは、魔力の事だったんだろうね。それ自体は事実なんだろう。だから読み書きを教えて魔法式を覚えてしまうことを恐れた」
私に強い魔力が……?だとしたら結局は同じ事なのではないだろうか。私が道を踏み外さないように、余計な事を教えないということは。やはり予言者である長老の言うことが正しいのでは。
落ち込む私の意を汲み取って、旦那様が首を横に振る。
「ルーテ。魔力の強さには個人差があって、魔力の強い人なんてこの世にごまんといる。その人たちがみんな道を踏み外しているわけじゃないし、多くの事を知って善悪の判断をつけられるようになることのほうが大事なんだよ。その為にも勉強は必要だ。狭い世界で生きていたら狭い視野しか得られない」
「…………そういうものでしょうか」
わからない。私には何が正解かわからなかった。
「そう難しく考えることはないわ。私としてはあなたはこどもなんだから、好きなものは好き、嫌なものは嫌と、もっと言っていいと思うの。大人になったらそうもいかないんだから、今ぐらいはね。私達に遠慮なく言ってほしいんだけど、あなたはリズとお勉強するのは嫌いかしら?」
「いいえ………そんなことは」
「そう、じゃあこのまま続けてみてほしいわ。貴女が不安に思うことはないのよ。こう見えてもこの人はかなりの魔法の使い手でね。魔導大学校の教師をしているの。だから、魔法が暴走しない使い方を教えてくれるし、魔法を使いたくないならそれはそれで構わないわ。さっきも言ったけど、魔法が苦手で使わない人もいるし、そもそも読み書きと違って日常生活でそこまで必要ないもの」
ルーテは旦那様が高位魔法の使い手と知って驚いたが、同時にかなりの安心材料になった。それなら、読み書きを学んでも問題ないかもしれない。
「わかりました。魔法は今は怖いですが、とりあえず読み書きは………覚えようと思います。ちゃんと」
夫妻は顔を見合わせて破顔した。
「ああ。それは良かった。魔法の事はいつでもいい。習いたくなったらで十分だよ。食指が動かなければやらなくたってなんにも問題ないんだ。私達の気持ちが伝わってよかったよ」
「ええ、本当に。それじゃあ、リズもそろそろお勉強が終わる時間だし、みんなでケーキを食べましょう!私、久々に作ったのよ」
「そうだな、それにリズにも話がある」
旦那様がニコニコと目を細める。何か良い話らしい。
「私はメイドとケーキを運んでくるから、ルーテはリズを呼んできてくれるかしら」
席を立つ奥様に続いて立ち上がる。
そのあとの旦那様の提案が、私達の人生を狂わすとは思いもせずに。