第六話 賢き魔法使いの名
急いで着替え、母娘の待つ階下に降りる。
「あら、いいわね!あなたは髪の色が濃い紫だから、派手な色より白のお洋服が似合うんじゃないかって思ってたのよ」
夫人が満面の笑みを向ける。
「ほんとー!じゃあそのお洋服はあなたにあげるね!いいでしょ、お母様」
「もちろん!」
食堂に向かう道すがら、二人は喜々としてはしゃぐ。
「え、あの、本当ですか?」
素直に受け取っていいものか。いや、服は確かに無いと困るのだが。
「あなたのお洋服も一応取ってあるんだけど、傷みが酷くて……。それに丈もあっていないようだったし。だから、ね。もちろん、気に入らないのであれば違うお洋服でもいいのよ。ただ、急な事だったから、今日はそれで過ごしてほしいの」
言われて私はブンブンと頭を振った。気に入らないなんてとんでもない話である。
「あの、ありがとうございます………」
「いいえー、さっきも言ったでしょう?娘が二人みたいで嬉しいって。さ、二人とも中に入って」
食堂に到着し、大きな扉をガチャリと開けると、夫人は私達を室内へと促した。さすがに一番乗りするほど神経は図太くないので、リズの後ろに隠れるようにして。
そこには既に男性が座っていた。見覚えがある。確か昨日、夫人と一緒にいた『旦那様』だ。三十代前半といったところか。彼は柔和な笑みを浮かべて「おはよう」と言った。
「おはようございます、お父様」
「………お、おはようございます」
リズの影に隠れてペコリと挨拶をする。
「おはよう。ええと……」
どう話しかけていいのか、相手もこちらを窺っているようだ。私としても、男の人は少し怖い。それ以上口を開けず黙り込む私に、扉を後ろ手に閉めた夫人が私の頭を撫でて夫に進言する。
「まぁ、まずは朝食にしましょう。美味しそうな料理が冷めてしまうわ」
見ると、トーストにロールパン、ベーコンエッグ、ミニトマトとレタスのサラダ、ポタージュ、オムレツ、きのこのソテーが並んでいる。他にもあったが、見慣れぬメニューでなんなのかはわからない。
椅子は6つありどこに座るか迷うが、リズが隣の席に座るよう勧めてくれた。夫人は向かいの夫の隣に座る。
「何か嫌いなものはあるかしら?」
「……いえ………多分、大丈夫です」
「そう?無理はしないでいいのよ」
心配そうに私を見守って、ベーコンエッグにナイフを入れる夫人。そして、ためらいがちに私に問うた。
「………昨日ね、この人とも話していたのだけど……、もし、行くところがないなら、うちの子にならないかと思って。どうかしら?」
言われて私は瞠目した。確かに、この人の良さそうな夫婦ならもしかして置いてくれるかもしれない、と実は少しだけ期待していたが、まさかうちの子にと言われるとは思わなかった。使用人見習いとして置いてもらえるように頼んでみようか、と考えてはいたけれど。
「本当!?お母様!嬉しい!そうしたら私にお姉様が出来るのね!あら、でももしかして妹?」
リズがガタンと椅子から立ち上がり手をパチンと叩く。
「こらこら、まだこの子の返事を聞いていないよ」
父親が穏やかに娘のリズをたしなめる。
「えっ、ダメなの?」
彼女は目を潤ませてこちらを見てきた。
「いえ、あの………使用人見習いで置いていただけないか、お願いしようと思っていたんですが………」
「ええっ、使用人!?ダメよ、そんなの!だってあなた、私と同じくらいでしょ?!それなのに、働くなんて………」
リズが顔を青ざめさせる。
「でも、さすがに何もしないで置いてもらうわけには………」
いくらなんでもそんな図々しい事は言えない。
「ははは、なるほど、君は中々真っ直ぐな子だね。それじゃあ、君の仕事はリズの遊び相手ってことでどうかな?昨日聞いたと思うが、この子はあまり身体が丈夫じゃなくてね。ほとんど家の中で過ごしているんだ。私達も仕事だったりで中々一緒に居てやれないし、君が一緒に過ごしてくれればこの子も喜ぶ」
にこにこと話す父の言葉にリズは再び目を輝かせた。
「ええ!そうね、名案だわお父様!それならいいでしょ?ええと……あっ、そうだ、名前!」
私に問いかけ、名無しの事実を思い出して考える素振りをみせる。
「ううんとね。ルーテはどうかしら?私の好きな物語の主人公の名前なの。その子も紫の髪で、賢くてカッコいい魔法使いなの。あなたにピッタリだと思う!」
ルーテ。魔法使い。悪魔の異名よりはいいだろう。少なくとも魔法使いなら自分次第で善にも悪にもなれる。
「…………わかりました。素敵な名前をありがとうございます。これから出来る事は精一杯やりますので、よろしくお願いします」
「もう、そんな堅苦しくしないで。遊び相手が敬語なんておかしいわ。これからよろしくね、ルーテ」
満面の笑みを浮かべる少女に、親代わりとなり見守ってくれる夫妻。初めて他人に必要とされた充足感を得て、私ーールーテは彼らの為に出来る事はなんでもしようと誓ったのだった。