第四話 夫妻との出会い
風呂上がりに通された二階の部屋で『リズお嬢様』の普段着を着せてもらい、サイドテーブルに置かれたサンドイッチを食べる。卵サンド、レタスとハムのサンド、ツナサンドなどあって、どれもこれも美味しそうだった。だが空腹過ぎて胃が弱っていたのでいっぺんには食べられそうもなく、卵サンドと紅茶だけ戴いて、味わう余裕もなく部屋のベッドに倒れ込む。もう起きているのが限界だった。
それからどれくらい経っただろう。私は階下の騒がしい音で目を覚ました。部屋の扉を少しだけ開け聞き耳を立てる。
「旦那様、奥様、おかえりなさいませ」
どうやら家主であるリズの両親が帰ってきたらしい。
「ああ、君たちも大変だっただろう。帰るのが遅くなってすまないな」
「それで、リズとその女の子は?」
「お二人共それぞれ部屋で休まれています」
「そう……どういう事情でここにいたのかしらね。迷子かしら。だとしたら、ご両親は探しているのかも……」
その言葉で私はビクリ、と肩を震わせた。
両親、なんて。父親は顔さえ知らず、母は私を育てるのに絶望して身を投げた。私には、家族なんていないのだ。行くところだってない。
「私共も様子を見ていたのですが、親元に帰りたいというような事も言いませんし……、おそらくそれはないかと………」
「ええ、彼女の口からそういう言葉がでれば、警備隊に連絡をと思ってはいたのですけれど………、余程辛い思いをしてきたのか、あまり言葉数も多くないですし」
警備隊………。もし、そこに引き渡されたら、村に戻って父親探しでも始まるのだろうか。悪魔の子と蔑まれた私を、今までだって名乗りをあげなかった父親が、手厚く保護するとは思えないけど。
普通その年頃の娘なら、見も知らぬ父親に憧れそうなものだが、そんな希望は経験上ハナから持っていなかった。
私は冷静に今後の事を考える。私の今後の人生はこの夫妻にかかっているようなものだ。なんとかして気に入られなければ。当然悪魔の子だと気付かれないように気をつけなければいけない。あからさまな態度は取れないが、なんとかして気を引かないと。
悪魔の子という事は言わずに、孤児だと言えばこの人の良さそうな夫妻は置いてくれるかもしれない。騙すようで心苦しいが、背に腹は代えられないのだ。
そう思っていると、
「とにかくその子の顔だけでも見ておきたいわ。寝ているのなら、そーっと行って起こさないようにしましょう」
リズの母親らしき女性が階段を上がってこちらに来る。どうしよう。寝たフリをした方がいいか………いや、すぐにバレそうだ。ここは素直に起きていたほうがいいだろう。私は、この世で一番苦手な大人と対峙する覚悟を決めた。
「…………あら?あなた、起きていたの?」
私の通された部屋の前まで来て、少しだけ扉を開けていた私に気づき、夫人は目を丸くして足を止めた。すぐ後ろからリズの父親らしき男性ーおそらくご当主様だろうーも来る。男の人は特に怖くて、無意識に少し後ずさってしまった。そして少し後悔する。オドオドした私を見て、夫人はしゃがみ、私の目線に合わせてくれた。更には私の手を取って、
「知らない大人は、怖いわよね。だから、貴女が戸惑っても別に全然おかしなことじゃないわ。安心して、ね?」
リズという子は優しかったが、母親も同じように優しい。私は泣きそうになりながら、ただただ頭を縦に振る。
「今日は色々と疲れただろう。話は明日にして、もう少し休みなさい」
夫人の後ろから、当主の温かい目と声が届く。
「そうね、でもこれだけは聞かせて。貴女がここに居ることを知らせたい人はいる?」
夫人も同意しつつ、私に気遣わしげな視線を送る。
もちろん、答えは否だ。私は今度はブンブンと頭を横に振った。
「そう……。わかったわ、ありがとう。それじゃあ、何かあったらそこのベルで呼んでちょうだいね。まずは体を休めて?」
そう言って私の頭を撫でると、夫妻はまた階下へ降りていった。
ーとにかく、追い出されるにしても明日までの猶予はもらったのだ。少しでも体力を回復させないといけない。
私は少しだけ安堵して、また布団に潜り込んだ。
明日は、リズという子とまた話せるだろうか。いや、それより彼女は無事だろうか。自分のせいで無理をさせてしまった。先程使用人達も何も言ってなかったから、大丈夫だろうとは思うけれど。さっき聞いておけば良かったかな。
そんなことをうつらうつら考えているうちに、私は再び眠りに落ちていた。