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第三話 悪魔の子の涙

 それを聞いた私は絶句した。そんな身体なのにわざわざ外まで出て、坂を下りてここまで来たのか?見ず知らずの私のために?

「私の発作の時とおんなじで、辛いのかなって。うずくまってたし」

「……………」

 なんといえばいいのか、答えに窮した時だった。

 ガチャッ バタンッ

 扉の開閉音と共に、壮年の男が玄関から現れた。庭の草むらにしゃがみ込む私達に目を留め

「お嬢様!ご無事でございますか?!」と駆け寄った。

「大丈夫………、ちょっと……、疲れただけ………」

 息も切れ切れに話すリズに、男は蒼白な顔をして叫ぶ。

「ああ、なんてこと………!お嬢様、今すぐお部屋へお連れしますからね!車椅子を持って参りますから、お待ち下さい!」

 そうして再び屋敷に入ろうとする。しかしリズは彼の手を掴み、

「待って………。この子は………?この子もお家に入れてあげて……。怪我をしているし、お外に一人でほっとけないわ………」

「しかし、この娘は我が家の者では……」

「じゃあ……私も家には入らない……」

 頑なに首を振った。勿論、十にも満たない少女を力づくで邸内に運ぶ事は可能ではあったが、男はちらと私を見て、ボロボロの姿を憐れんだ様だった。

「………左様ですか、畏まりました。しかし屋敷に入るのはお嬢様が先です。これだけは譲れません」

「わかったわ……。それで、いいから……」


 男はリズを玄関内にあった車椅子に乗せ、邸内に入っていった。そしてその後すぐ空の車椅子と共に戻り、今度は私も同じ様に乗せ、中に入れてくれた。

 しかしリズの姿が見当たらず、どうしていいのかわからない。大人は怖い。何か言われるだけならまだいいが、何をされるかわからない。一言も発せずオドオドしていると

「お嬢様はお部屋でお休みになっています。あなたも随分お疲れでしょう。すぐにお休みさせて差し上げたいのですが、まず髪やお召し物を整えなくては、寝台にご案内することは出来ませんので……。おわかり頂けますか?」

 最初のアンとかいう使用人と違い、優しい声音で申し訳無さそうに尋ねてくる。少しだけホッとしながらコクコクと頷いた。

 するとそのアンがバタバタとこちらに走り寄ってきた。

「アン。ご当主様に連絡はついたのか?」

「ええ。子供なら気の毒だから、家に入れて世話をしてやるようにと。ご自身もすぐに帰るようにすると仰ってたわ」

「そう仰ると思った。お嬢様はお疲れなのでメイドに任せてお休み頂いている。まずこの娘の身なりを整えなくてはと思うのだが」

「わかりました。私が手の空いてるメイドとなんとかします。執事長は軽食の準備が出来次第、部屋に運んでいただけますか」

「勿論だ。ではそちらも頼んだぞ」

 テキパキと指示を出し合い、アンがそこらにいたメイドに湯の用意を命じる。それから私を連れてとある部屋に案内した。

「湯の準備が整うまで、まず着替えの用意をしましょう。お嬢様の部屋着でサイズが合うかしら」

 彼女は部屋のクローゼットを開けて、少し着古した部屋着をいくつか手に取る。それからあちこち擦れた私の身体を見て、傷が痛むかもしれないが我慢するようにと言った。

 直に湯の用意が出来たようで、伝えに来たメイドとアンで浴室に連れ込まれ、身体を洗われた。

 泥で汚れていた身体のせいで、あっという間に湯が真っ黒になる。髪にもお湯をかけられ洗髪された。人に洗ってもらうのは落ち着かないが、同時に嬉しくもあった。悪魔の子と呼ばれた私に、こんなふうに触れてくる他人などいなかった。身体は傷だらけで空腹のままだったが、心は満たされていた。

 不意に涙が溢れそうになり、必死で目を瞬く。

「あの、…………ありがとうございます」

 意を決して感謝の気持ちを伝えると、黙って手を動かしていた年若いメイドが微笑んだ。

「いいえ。今まで一人で不安だったでしょう。シェフが美味しい軽食を用意して下さってますから、このあとはゆっくり食事を摂って、好きなだけお休みなさい。後のことは旦那様と奥様が良いように計らってくださいます。ね、アン様」

「ええ、そうでしょうとも。お二人共素晴らしいお方ですからね。私はお嬢様のご様子を確認して来ますので、この後はあなたに任せるわ。いいわね」

 アンは相変わらず素っ気ないように見えたが、感謝を述べたからか、初めに会ったときよりは態度が柔らかくなった気がした。

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