第十四話 二人の男
「…………あのときは、私の気持ちなんて何一つ伝わらないのねって、ショックだったのよ」
ルーテは音楽を止めて、本当に辛そうな目を私に向けてくる。前世のこととはいえ、お互いに全ての記憶があるから、良くも悪くも前世と現世を同一視してしまう。ここはもう素直に謝るしかない。彼女が辛い思いをしたのは事実で、慰めたいのもまた事実だからだ。
「いやぁ。悪かったよ。私もまだ子どもだったのさ。変な正義感に駆られてね。そして結局抜け出せなくなった」
「あの双子のことでしょう」
「それもあるが………」
私は記憶の中の三神を想った。双子は当時九歳で、まだ天使こそ創っていないものの、そういう話は出ていたのだろう。ラファエルはすましてはいたがかなり情緒不安定だった。初めて会った私に対しても警戒の色濃く、ともすれば射殺さんばかりの目つきで。そして後ろ手にミカエルを庇っていた。
そしてそんな様子に気付いて現れたノエルにも、信頼を置いているとは言い難い空気で。
「ノエルのこと?私が一番腹が立つのは、あんな最低男にあなたが心を砕いたことよ。お父様を脅して、私達を無理矢理連れてこうとして」
ルーテは淡々と話したが、それでも長年の付き合いだ、彼女の怒りは伝わってきた。
私は彼女にお茶を淹れて勧めた。そして少し考えて答えた。
「それもね、その脅したとかなんとかって所は正直よく覚えてなくて。初めノエルは君を連れてこうとしたけど、相性が悪くて諦めたようだって後から両親に聞いたんだ」
「相性?いいわけないわ。今でも大嫌いよ。別に神になりたかったわけじゃないけど、あんな卑怯者に君には神になる資格がないって言われたのも業腹だし」
さっぱりしたお茶を淹れたはずなのに、苦虫でも噛み潰したような顔で吐き捨てる。
「うん。僕もちょっと、知らなかったとはいえ彼を信用しすぎてた感は否めない。光玉を扱える人間が無条件で素晴らしいなんて、そんなことなかったんだ。そもそも光玉を扱える人間っていうのも、親との縁が薄い子どもって括りだったんじゃないかって思うんだよね」
自分は長くは生きられないと言われていた。ルーテも双子も孤児のようだったし、ノエルもまた、家族がいないようで孤独を抱えているようだった。
あの時ーー初めて天界を訪れたとき、彼だけが嬉しそうな顔をしたのだ。自分より十も下の小娘が現れたくらいで。
そして、私が双子を心配して訪ねたと知れば、瞳の奥に失望の色を濃くした。
「そんな人間たちに強い力を与えたらどうなるか……恐ろしいことが起きる虞もあるのに、高見の見物をしてる光玉は本当に恐ろしいよ。しかも不老不死とか。破壊して正解。ありがと、ルーテ。色々奔走してくれて」
あえて、あくまでも光玉そのものに意思があるかのような言い方をした。そう、私達はそれに振り回されただけ。本来はきっと、誰も悪くないのだ。
ルーテは少し目線を下げ、眉根を寄せた。
「………そうね。恨む対象は、一つあれば充分だわ。罪を憎んで人を憎まずって言うしね」
「ま、二十歳まで生きられないって言われてたのに、ぎりぎりまで生きられて、娘を産めた事だけは感謝だよね」
…………最初は、ノエルの抱えてる孤独とか、そういうのも自分なら分かち合えるとか、そんな風にも感じていた。自分より大人な彼のそういう弱さに惹かれた。でも現実は、一番苦しんでるのはラファエルで。そこを見ないふりをしてるノエルのことも、何か違うと思うようになって。
リズである私が娘を身籠っていることも、気付いているようだったが素知らぬふりをしていた。そして引き留めることもしなかった。そういう、合理的というか、現実主義なところーーは好きだったが、リズに必要なものはそうではなかったのだ。
リズに必要だったのは、感情的になって、例えばリズが死んだらみっともなく、人目も憚らず泣いてくれるような男だった。ラファエルのような。
そして、ふと思った。ルーテも私をかなり大事にしてくれていた。本当の姉妹には程遠かったかもしれないが、それでも。だから、意外だった。
「君は私を追って天界に乗り込んでくるかと思っていたんだけどね」
「毎回屋敷に帰ってきてくれたし、三神と仲良くなれてるようだったし、何より行った日は体調が良かったでしょう?それで誰も、強く止められなかったのよ。私が行ってゴタゴタを起こすのも本意じゃなかったし。まあそれでも、遠くから様子を見てはいたのよ。私もお父様も、あのノエルに貴女を汚されるのだけは許せなかったから。そういう意味で信用できなくなったら、即連れ戻すつもりだったわ」
そんなことはこれっぽっちも知らなかった。あのまま彼に惹かれていたら、娘は授からず、自分ももっと早くに死んでいたかもしれない。
「人生って、わからないものだね」
私は苦笑し、頬をポリポリ掻いた。




