表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

第一話『六兆年と一夜物語』

「随分と、悲しい歌を聴いているんだね」

 部屋に入って来た男が言った。

「嫌な歌よね。昔の自分の事みたいだわ」

 そういう彼女はどこか嬉しそうで。

「でも、この歌を聴いて、過去の自分に泣いてあげるのも、悪くないなって思ったのよ」


『名もない時代の集落の、名もない幼い少年の、誰も知らないお伽噺』


 そう、あれは千年前ーー

 非科学的な存在が、まだまだ信じられていた頃。


 村の長老が予言した。

「この胎児は凄まじい力を持っている。それが善となるか悪となるかは分からぬが……。子に名は付けんことじゃ。名は存在証明となり、更なる力をもたらす事となる。もしこの子が悪だった場合……わかるであろう?」

 

 そうして名無しの私が生まれた十三日の金曜日。それは不吉を意味するもので。


「やっぱりあの子は悪魔の申し子なのよ」

「どうしてそんな子がこの村に生まれてきたのかしら。怖いわ」


『生まれついた時から忌み子、鬼の子として、その身に余る罰を受けた』


 人々から隠れるように暮らし、名もない私は存在しないも同義で。

 思い出すのは、夕暮れに、母がこっそり外に連れ出してくれたことでーー


『悲しいことは、何もないけど、夕焼け小焼け、手を引かれてさ』


 だけどそれも束の間ーー


「何………してるの……?」

 食事中に母が見せた悲愴な顔。

「この手は!使っちゃいけません!!」

 わけがわからなかった。あの日までは。


『知らない、知らない、僕は何も知らない。叱られた後の優しさも、雨上がりの手のぬくもりも』


 突然の豪雨と水害。神様がお怒りになっていると、村人達が押し寄せる。

「こんな水害、今まで一度だってなかった。行方不明者も大勢だ……!おまえのせいじゃないだろうな!?」

「あなたたちのせいに決まってるわ!私達何も悪いことしてないもの!」

「どちらにせよ、神への生け贄が必要だ。忌み子は連れて行く!来い!」

 忌み子?何、それ……

 目を見開いている私の前に、男の手が迫る。

「やめて!こないで!」

 子どもながらに危機を感じ取り、咄嗟に掴んだ花瓶を振り回す。その時掴んだ方の手は……

「おまえーー」

「左、利き……!?」

 周りのざわめきと共に、母の顔が紙のように白くなっていった。

「何故、黙っていた……!」

 男が震える声で絞り出すように呟く。

「左利きには悪魔が宿ると……知らないわけじゃないだろう!!」

「それは……」

 

 ああ、だから母はあの時咎めたのだ、と妙に冷静に思いながら。


「もう、いい。本当に悪魔だと確定した以上、我々は『それ』に手出しは出来ぬ。何をされるかわからんからな。ゆえに………」

 先程私を引きずって行こうとした男か、キッと母を睨む。

「生け贄にはおまえがなってもらう。悪魔の子を産んだ罪に対する罰として」

「!!」

「連れて行け!!」

 男達に囲まれ、母は家の外に連れ出された。

「待って!」

 精一杯叫ぶけれども、母は振り向きもせず言った。

「どうしてこんなことになってしまったのかしら。どうしてあなたみたいな子が生まれてしまったのかしら。どうして………」

 空虚な声で。

「もう、疲れちゃった……。でも、これでもう終わり」

 

 母は未だ増水し氾濫している川に向かって身を投げた。

 そんな様子になんの感慨も見せず、男達は忌々しげに私を見た。

「これでおまえに帰るところはない……。この村から出ていけ。そして二度と帰ってくるな」

 

 そうして私は一人ぼっちで、村を追われる羽目になった。

 男が実の父親だったと、知るのはずっと後のこと。


『でも本当は、本当は、本当は、本当に寒いんだ』


 村を出て、走って走って走って逃げて。

 どこをどう歩いたのかもわからなくなって、木の下でひっそりと泣いた。

 足は痛いし腹は減った。もうどうしたらいいのかわからない。

 せり上がってくる嗚咽を抑えるのがやっとで。


 そんな時だった。


「どうしたの?」


 少女が声を掛けてきた。

 見るからにいいトコのお嬢様という出で立ちで。明らかに、自分とは住む世界が違っていて。


 だから、何も言えなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ