【5話:お姉さま】
「クロには悪い勘違いをさせちゃったみたいだけど、僕はもう戦うつもりはないよ」
ローレイはぴしゃりと言った。
「……はあ?」
何言ってんだよローレイ。
「僕はね、君との約束を守りにこのセントラルに来たわけじゃない」彼女は脇に置いてある紙袋をポンポンと叩いた。「ただ、この繁華街で特大セールをやるって聞いて、お買い物に来ただけさ」
できれば君には見つかりたくなかったけどね、と続ける。
ぞわ、と背筋に虫が這ったような嫌な感覚。
1ヶ月もほったらかしにされていた時点で、俺は心のどこかでこの結末を予期していたのかもしれない。
ローレイは、女であることを受け入れたんだ。
「僕はこの1年楽しかったよ。可愛い服着て、可愛いスイーツ食べて……女の子として生きるのも全然悪くないって思ったね!」
「……なにを」
「だからごめんよ? まだ魔王を倒したいなんて思ってるなら、残念だけど僕は協力できないな」
俺は思わず机の上に身を乗り上げるようにして問う。「な……なんだよそれ…! あの日みんなで約束したじゃないか! もっと強くなって帰ってくるって……そして魔王を倒すって」
この世界を元の正しい世界に戻すために、そう誓い合ったはずなのに。
俺の剣幕に流石のローレイも口元の緩みを引き締める。だけどそれは思い直したからではないだろう。
「……その様子だとノエルたちもまだ帰ってきてないんでしょ。きっとあいつらも女として生きることを受け入れたんだよ」
……ノエルも、ドルガンもゼファーもアリスも、みんな諦めたって?
この状況に、この狂った現実に適応したって言うのか。
「魔王を倒すなんて馬鹿げた目標を未だに掲げてる男は君くらい。女の子はみんな現実主義者なんだからさあ」
「ローレイてめえッ……!」
俺はローレイの胸ぐらを掴む。
今まで和気藹々としていたメイド喫茶の店内が一気に静まり返る。
客も店員も一様に不安そうな顔をしているが、当のローレイは表情を崩さなかった。
「君の怒りは最もだ。約束を破ったのは僕の方。殴りたきゃ殴ればいいし、抵抗する気もない」ローレイは流暢に、台本を読むかのように言う。「でも顔は勘弁してよね」
俺は握りしめた拳をわなわなと振るわせ、血が出そうなほど奥歯を噛み……
全身の力を抜いて彼女を離した。
「……もういい」
「お代は払っておく」ローレイは近くにいたメイドに料金を手渡すと、紙袋を持って立ち上がり、店を出て行った。「……悪いとは思ってるよ、クロ」
1人、店に残った俺は、全身の虚脱感が抜けず立ちあがることもできない。
俺は……現実を見れていなかったのか。
もうみんな魔王を倒すなんてことは諦めて、女としての人生を送り始めているのか。
そう言えば、ローレイはもう槍を持っていなかった。武器を持ち歩かなくてもいい世界なんて平和的だ。
でも……だったら……俺はこれからどうやって生きていけばいいんだ。剣を振るう以外に何も知らない俺は。
うなだれている俺を心配してか、1人の妹メイドが席に近づいてくる。
「あ、あの……お姉さま……大丈夫ですか……?」
それを聞いて、乾いた笑いが出る。
俺はもう、勇者じゃなくてお姉さまなんだな。