【4話:いもうとメイド喫茶《せんとらる》】
「ローレイ、何逃げようとしてんだ」
逃げようとするローレイの腕を俺は強く掴む。
「いだだだっ! 離しなさいよあんた! 痕になったらどうしてくれんの!」
「だったら逃げんなよ!」
「だったら逃げないわよ!」
ローレイはようやく観念したようで、逃げるそぶりを見せなくなった。俺も手を離す。
やっと見つけたぞ、ローレイ。
「おいお前……こんなところで何やって……」
ストップストップ、とローレイが掌を前に出す。
「はいはいはい、まああんたが言いたいことは分かるわよ……でもここじゃ場所が悪いわ」もっとゆっくり話せる場所で話しましょう、と彼女は言う。
まあ、店頭で話し込むのは店にも客にも迷惑だろう。「……そうだな、本当にいろいろ言いたいことがあるんでな」
何しろ、1年ぶりの仲間との再会だ。いや1年と1ヶ月、か。
◆◇◆
「おかえりなさいませ! お姉さま!」
店に入るなり大量のメイドに挨拶をされた。
なんだ、俺はお前たちの姉になった覚えはないぞ。
「おいローレイ……なんだこの店は」
「妹系のメイド喫茶よ」そんなことも知らないの? とでも言いたげな表情でローレイは答える。「まあ私もあんまり入ったことないけどね」
ローレイは慣れた様子で店内に入っていき、反対に俺は敵陣に踏み入るが如く警戒しながら席に着いた。
店内はファンシーな装飾とパステルな色合いで統一されており、はっきり言って居心地が悪い。
「ご注文がお決まりになりましたら、この妹めにお伝えください」妹メイドは不気味なくらいの笑顔で接客してくる。
「あ、じゃあ私はこの“もりのよーせいたんが作った七色パフェ”にするわ」ローレイが何やら呪文を唱えた。
「かしこまりました! そちらのお姉さまは如何いたします?」
「え……あ……じゃ、じゃあコーヒー」
「そんなもんないわよ」ローレイが口を挟む。
「あ? 喫茶店なんだからコーヒーくらい……」
とんとんとん、とローレイがメニュー表を叩く。そこには何やら可愛らしいフォントで呪文が書かれている。
……なるほど、これを俺に読めと。それがここの作法だぞと。
「どうしたの? お姉ちゃん?」メイドが可愛らしく圧力をかけてくる。
「……“こあくまたんとのけーやく!? ちょっとオトナなぶらっくコ〜ヒ〜”ください」
「かしこまりましたぁ」
なーにこれ。
◆◇◆
「さて、本題に移りましょうか」ローレイは妖精が作ったなんちゃらパフェを食いながらそう言う。「私に言いたいこといっぱいあるんじゃないの?」
そ、そうだ。この店の空気に圧倒されていたが、俺はローレイを問い詰めにきたのだった。
「おいお前、もう約束の日から1ヶ月も経ってるんだぞ。なんで集合場所に来なかったんだよ」
「……へえ〜、もう1年と1ヶ月も経つのね。早いものだわ」ローレイは悪びれる素振りもなく言う。「まあちょっとショッピングとコーデをね。せっかく女になったんだし」
大量に持っていた紙袋の中身は衣類関係か……男だったときから服装にはうるさかったローレイだが、女になってそれが更に悪化したのか。
「そんなに買い込んで何がしたいんだか」
「あら、服は女の命よ。もしよければコーディネートしてあげるけど」
「結構だ……つーか何だよその喋り方」
昔のローレイを思い出す。こいつは元からちょっとオネエっぽいところはあったが、ここまで女みたいな喋り方はしてなかった。
「まるでオンナみたいだぞ」
「褒め言葉かしら」
「ふざけるな。気持ち悪いっつーの」
「睨まないでよ。口調戻すからさあ」そう言ってヘラヘラと笑うローレイ。
まあこういう飄々とした態度は変わっていないな。
ローレイは早々にパフェを食べきり、机に肘を乗せて寛いでいる。というか胸が机に乗っている。デカすぎんだろ。
「で、他に何かお叱りの言葉はないのかい?」
あまりにも悪気のかけらもない物言いに、俺は毒気が抜けてしまう。ふぅっ、と息を吐き、コーヒーを一口。
「……ま、お前が自分勝手なのは今に始まったことじゃないしな」
とにかく、ローレイはこのセントラルに戻っては来てくれたわけだ。これ以上責めても仕方ないだろう。
「さすが勇者は心が広いや」
「お前らがわがまますぎるからな」
「あ、このあと岩盤浴に行く予定があるんだけど、一緒に来る?」
「岩盤浴?」
初めて聞く単語だ。
「今注目を集めてるアクティビティだよ。サウナみたいなものかな」
「サウナと何が違うんだよ」
「さあ? でもなんか効果ありそうじゃん。イオン的な?」
「……バカくせっ」
「ひどっ」
なんてことない軽口の叩き合いに、じんわりと心温まっていくのを感じる。
自分から言い出したこととは言え、なんだかんだ仲間に会えない1年間が寂しかったのかもしれない。
ローレイはメニュー表をじっと見つめ、もう一品スイーツを追加しようとしているようだ。
「まだ食うの?」
「クロ、女の子の半分は砂糖でできてるんだ。常識だよ」
んな常識があってたまるか。
「俺たちの目的は砂糖じゃなくて魔王だろ。決戦の前にぶくぶく太ってくれんなよ」
「あはは、魔王は僕には関係ないでしょ」
「え」
あるだろ、関係。
だってお前は俺のパーティの一員なんだから。
そこで俺は気がつく。
へらついた表情のローレイの目が、全く笑っていないことに。
「ま……やっぱりちゃんと言っておかないと寝覚めが悪いよね」
ローレイは目を細めて言った。
「悪いけど、僕は魔王討伐に参加したりしないよ」
……は?
何を、言っているんだ? ローレイ。