【3話:人類滅亡計画(3)】
男を女にすることで、これ以上の繁殖をストップさせる。それが魔王の企てた“人類滅亡計画”だった。
「そ、そんな……長い目で見過ぎでしょ〜!」ゼファーが驚いた顔で言った。「それじゃ人類が滅亡するまで100年くらいかかっちゃいますよ!」
「魔王の寿命は何千、何万とあるらしいし、それくらいのスケール感は持っていても不思議じゃないかもねぇ」ローレイは飄々とした態度で言う。
「私たちは、魔王の計画を止められなかったということだ」ノエルは半ば諦め気味にそう呟いた。
アリスは自分の胸に手を当て、何か考え事をしているようだった。アリスの表情が曇るのは珍しい。
それもそうだ、今俺たちは窮地に立たされているのだ。
生き残りはしたが、人類滅亡計画を阻止することはできなかった。
後はひたすらに衰退を待つだけ……魔王を倒せなかった役立たずだと罵られながら。
混沌と化した街の様子を見る。あるものは喜び、あるものは困惑し、あるものは泣き叫ぶ。滑稽なようでいて悲劇的だ。
……勇者として、こんな状況を見過ごすわけにはいかない。
俺は腰に刺した伝説の聖剣を握りしめ、みんなに呼びかける。
「もう一度魔王を倒しに行こう」
「え?」アリスはびっくりした様子だ。
「お前ならそう言うと思ってたぜクロォ!」ドルガンは活きいきとしている。「他の連中は小難しいこと考えすぎだ。結局そいつをぶっ殺せば全部解決すんだよ」
「倒せると思うのか? あの化け物を」ノエルは至極冷静にそう言う。「現に私たちは敗北した。それも完膚なきまでにな」
確かにノエルの言う通りだ。魔王との決戦を思い出す。剣は弾かれ、魔法は効かず、とてもじゃないが敵う相手ではなかった。さらに魔王が常時発している瘴気は尋常ではなく、並の冒険者や魔物であれば近づいただけで塵になってしまうだろう。
しかし、だからといって諦めてしまっては勇者の名折れだ。
「ノエル、お前は正しい。俺たちの力ではあいつを倒すことは不可能だ」
「だったら……」
「“今の”俺たちではな」
それを言うと、俺は仲間に背を向けた。
「俺は……今日の一戦で自分の弱さを思い知った。だがこれで終わるつもりはない」
「く、クロ先輩何言って……」
「1年だ」
俺は1年で今よりもっと強くなる。次に会う時には、魔王とだって戦えるくらいに。
そして今度こそ、世界に平和を取り戻す。
「……なるほど。悪くない」あまり感情を表に出すことのないノエルが鼻を鳴らした。「ならば私もこうしよう」
ノエルもくるりと背を向けたようだった。それは俺の意図を汲み取ってくれたということだ。「1年もあれば“究極の魔法”を練り上げるには十分だ。不本意だが実家に戻る……そして今度こそ私が魔王を倒してやる」
「……ふん、既に最強の俺様には1年なんぞ長すぎるが」ドルガンの声が遠くなる。「仕方ねぇ、最強を超えた超最強になってやる!」
「あーあ、せっかく女の子になったのにガールズトークもここまでっすかー」ゼファーは軽薄な物言いの裏に真剣さが垣間見える。「ま、おいらもいっちょ頑張ってみますか」
「1年も休みくれるなんて、うちのリーダーは優しいねえ」ローレイは靴の先でトントンと地面を叩く。「結構この姿も気に入ってるんだけどなぁ……」
「……わたしは」アリスの声は今までになく小さかった。「ううん……なんでもない。みんな頑張ってね!わたしも頑張るから!」
……やっぱりそうだ、見た目こそ変わっても俺の大切な仲間たちなんだ。今まで背中を預けてきた信頼のおける仲間。
「……お前らが“漢”で安心したぜ」
6人全員が背を向けあい、遂に別れの時は来た。しかしそれは一瞬のことだ。俺たちは必ずまた集い、そして今度こそ英雄になる。
「1年後、またここセントラルで」
それだけ告げると俺は歩き出した。振り向きはしない。
見ていろ魔王。
俺たちを生き存えさせたことを後悔させてやる。
そう復讐の炎を燃え上がらせ、俺はセントラルを後にした。
◆◇◆
ー1年と1ヶ月後ー
「あ、そこのきれーなお姉さんー! もしよかったらウチの新商品見ていかなーい?」
「俺はお姉さんじゃない」
ギロリと睨みつけると香水売りの女は「はいぃ……」引き下がった。おう、怖いだろうな今の俺の顔は……!
俺は憤慨していた。
それはもう、色々なことに腹を立てていた。
来ねえ……! あれから1年と1ヶ月が経ったっていうのに、誰もセントラルに現れない……! なんなんだよあいつら……!
そりゃ、少しの遅れは許すさ。ドルガンとかはアホだし、元々時間にルーズな奴らだったから俺が一番乗りになるのはある程度予想していた。1、2週間の遅れは想定済みだよ。
でも1ヶ月経って誰も来ねえのはおかしいだろ! なあ!? どうした、おい! なんで誰も来ねえんだよ! ノエルとかゼファーくらいは居てもいいんじゃねえの!
俺はぴったり日付と時刻まで合わせて同じ場所に同じポーズで立ってたってのに……朝から晩まで同じ場所で目閉じて立ってたから職質されるし。元勇者だって言っても鼻で笑われるだけだし。
……もしかしてあいつらもこの空気に当てられてしまったのだろうか。
俺はセントラルの街並みを見渡す。
1年前は武器と防具の街だったここも、今となっては立派な歓楽街だ。
カフェ、服屋、えーっと何コレ……ネイル専門店て……とにかくこの街はすっかり“女”に染まってしまったのだ。
初めは性転換の恐怖と混乱の渦の陥れられていた社会だが、男たちはその変化に迎合し、女としての第2の人生を楽しみ始めたようだ。精神的にたくましいのは結構だが、その結果がこれだ。
俺が馴染みにしていた武器屋や防具屋は閉店し、今はタピオカ屋をやっていた。タピオカってなんだよ……どういう食べ物なんだ……。
……どいつもこいつも男を忘れやがって。俺はもう正に憤慨の思いだった! そもそもこのままじゃ人類は破滅するんだぞ! 俺はそのために仲間と離れて山籠りまでして修行したのに!
「それでさー、最近めっちゃ美味しいスイーツ屋さん見つけたんだよね〜」「マジでー? じゃあ今度マックスとゴンザレスも連れて一緒に行こ!」
すれ違った女2人が本当に楽しげに会話をしている。
……あいつらはどっちだ。元男か? 女か? まあマックスとゴンザレスが元男だということは確かだろう。
女と元男しかいない歓楽街のど真ん中で、きゃぴきゃぴとした嬌声に包まれながら、俺は急な虚脱感に襲われた。
「……あいつらも“女”になっちまったのかな」
そうポツリと呟いた瞬間、美しい金色のポニーテールが視界の端に映る。
「最近のトレンドはエルフチックなニーソックスですかね〜」呉服屋の店員が何やら客に靴下のようなものを薦めている。
「あらそう? じゃ、これ買おうかしら」
俺はそいつの肩を粗雑に叩く。
「痛っ……何すんのよあんた……ッ!?」
「ローレイ、何やってんだ」
両手いっぱいに買い物袋をぶら下げたローレイは、サングラスの隙間から俺を覗き込み、「やばっ……!」と声を漏らした。