【2話:人類滅亡計画(2)】
俺は半ば放心状態で自分の胸を揉み続けていた。嘘だろ……無限に触り続けられるぞこの物体。
「く、クーちゃん……これはどういう」
アリスの一声にはっとする。まずは現状を確認しなくては。
「み、ミラー!」
俺はミラーの魔法を唱え、目の前に反射鏡を呼び出す。普段は敵の弱い攻撃を跳ね返すのに使う防御魔法だが、今は自分の姿を確認するのに使う。
そこに映っていたのは、まあ、自分で言うのもなんだが……えらい美少女だった。
腰まで長く伸びた黒髪に、ルビーのように輝く赤い目。理想的な大きさの胸に引き締まったおし……ってなんで俺は自分の身体を最低な目線で観察しているんだ!
「これが、俺なのか……?」
自分の口が発した声が女の声であることに気付き、実感はさらに増していく。どうやら俺は本当に女になってしまったらしい……。
アリスを見ると、茫然自失というか、身体に変化が起きたのは俺の方なのに俺以上に混乱している様子だった。
「お、落ち着け……何が起きているのかは分からんが、まずは他の連中を助けてやらないと……」
「う、うん……」
そうだ、俺のことは一旦置いておいて、まずは仲間たちを救出せねば。瓦礫の山に耳を伏せると、かすかに呻き声が聞こえてくる。
だがその呻き声は、どう聞いたって女のそれだった。
◆◇◆
「……まさか私の魔法が通用しないとはな」「あのクソオンナめ! 次あったら殴り潰してやる!」「あいてて……何が起きたんっすかね?」「あーあ……この服高かったんだけどね」
1、2、3、4。俺とアリス入れて6。よし。
「ひとまず全員無事だったか……」俺は全員の無事を確認し、ほっと一息つく。「で、誰だお前たちは」
なんで全員女になってんだよ。悪夢か。
「失礼な奴……例え女になっても僕の美しさは変わってないはずだけど?」
えーっと……この金髪のダイナマイトボディな女はローレイだな。まあこいつは元々女顔の美形でロン毛だったし、そこまで違和感はないか。
「先輩たち全員かわいいっす〜! まるでアイドルグループみたいっすね〜!」
この緑髪はゼファーか。お前は女になっても軽口を叩く癖は変わらないのか。こいつも元々可愛らしい顔をした少年だったから、分かりやすいな。身長体型もあまり変わりない。
「おそらく魔王の魔術式の仕業だろう。まさかこんな魔術があったとは」
で、この青髪のメガネちゃんはノエルか……? なんで魔法図書館の司書とかやってそうな綺麗系のお姉さんになってるんだ。お前元々そんな顔じゃなかっただろ。
「どうでもいいけどよ、魔王の奴はどこに行ったんだよ」
お前がどこに行ったんだよドルガン。もう性転換とかそういうレベル超えてるぞ。1メートルは縮んだんじゃないか……? ドルガンとの共通点があるとすれば赤毛だけの、ただのかわいらしい幼女がそこにいる。
「クロちゃん……さっきあっちで確認してきたんだけど……」アリスがもじもじと恥ずかしそうな様子で俺に小声で耳打ちしてくる。「わ、わたしも……ついてなかったの……」
なんでちょっとやらしい感じの言い方すんだよ……だがなるほど、そういうことならば。
「どうやら俺たち6人は、全員美少女になってしまったみたいだな……」
俺は至極真面目な顔で、凄い馬鹿みたいなことを言った。
◆◇◆
「私たちが意識を失う前に、魔王は何らかの術式を発動していた。おそらくそれが私たちを美少女化させる魔法だったのだろう」ノエルが状況を整理する。
「多分そうだろうねえ……あの後、身体中が溶けそうなくらい熱くなったし」ローレイがそれに同調する。
あの光に包まれたあとの異常な発熱は俺も体験したことだ。きっとあの時に身体が美少女化したのだろう。
「でも、魔王さんはなんでおいらたちを女の子にしたんすかね?」
確かに……ゼファーの言う通りだ。奴は何故俺たちにこんな魔法をかけたのだろうか。そうすることで何かメリットがあるのか?
「どうでもいいだろうが! それより早く魔王をぶち殺しにいくぞ!」顔も声も美少女なのに中身はドルガンのまんまだから凄い違和感だ。「人類滅亡だかなんだか知らねえが、俺様があいつを滅亡させてやる!」
「……人類滅亡」
ノエルは何かに気がついた様子だった。
「クロ、とりあえずセントラルへ向かうぞ。ここで話し合ってもらちが明かない」それに、と彼は付け足す。「私の考えが正しければ、人類は滅亡する」
◆◇◆
「これは……!?」
俺たちはセントラル・シティへ転移してきてすぐに、ノエルの予想が当たっていることを知った。
女、女、女女女女! 街の人間は全員女! 男の姿がどこにも見られない。メインストリートでは顔の良い女の子たちが顔を見合わせ驚きあっている。
「どういうことだよ……男はどこへ消えたってんだ!」ドルガンは心底訳が分からないといった様子で吠えた。
「違う……男は消えた訳じゃない……男は女になったんだ……!」
俺は近くにいた美女二人組に声をかけた。
「なああんたら、この街で何が起きた」
「え? あ、それは……いきなり空が明るくなったと思ったら、身体が焼けるように熱くなって……」「目が覚めたらみんな女になってたんだよ」
同じだ。俺たちと同じだ。
「ノエル、つまりこれは……」
「ああ、魔王は私たちを女にしたわけじゃない。地上の男たちを全て女にしたんだ」
でもでもっ、とゼファーが声をあげる。「なんでそれで人類が滅亡するんすか? 結局魔王さんは何がしたかったんすか?」
「全人類美女化なんて、僕にとっては夢のような世界だねえ……」ローレイは女になっても女のことしか頭にないようだ。
「馬鹿かお前たちは」ノエルがため息を吐く。「人類の繁栄にはオスとメスの両方が必要なんだぞ」
ゼファーがあっ、と目を丸くする。
「つまり結論はこうだ。
魔王の目的とは、人類の性別を全て女にすることで繁殖を禁じ、緩やかに滅亡させること。
それが人類滅亡計画というわけだ」
ノエルの推理を聞いて、俺は冷や汗をかいた。
この混沌とした状況も、その元凶である魔王も馬鹿馬鹿しいにも程がある。
しかしそれとは裏腹に、確実に、人類滅亡へのカウントダウンは進んでいたのだった。