【1話:人類滅亡計画(1)】
ー1年と1ヶ月前ー
俺の名はクロニクル・ザ・レジェンド。剣闘と魔法の才覚に恵まれ、それに驕ることなく日々研鑽を積んできた。娯楽に興じることもなく、幼い頃から魔物を狩り続けること十数年、
俺はいつの間にか、“勇者”と呼ばれるようになっていた。俺は自分の強さを人助けのために使った。村を救い、街を救い、その度に頼れる仲間が増えていった。
そして今日、勇者一行としては最後の大仕事になるであろう“魔王の討伐”が決行される。俺たちは敵の本拠地、魔王城の目の前に立っていた。
「大預言によれば、魔王の目的は人類の滅亡だ」チームの参謀的な役割を担う魔術師、ノエルがそう言った。「まあ、私の魔法でその野望は未然に阻止されるのだがな」
ノエルは大賢者の末裔らしく、ほとんど全ての属性の魔法を使える優秀な男だ。中でも水属性の魔法に関しては大賢者をも超える実力を誇り、それを利用した冷酷な計略を編むことから“薄氷のノエル”と恐れられてきた。……少々自信家が過ぎるのが玉に瑕だが。
「あんだとヒョロメガネが」パーティ1の怪力を誇る粗雑な大男、重戦士のドルガンが対抗する。「魔王のやつをブッ殺すのはこの俺様だ! てめぇは引っ込んでろ!」
ドルガンは頭が悪い。それは純粋に短絡的という意味もあるが、常軌を逸した馬鹿力の持ち主なのだ。こいつの一撃は火花が散るほどで、ついた渾名は“鬼火のドルガン“。この怪力に、俺たちは何度も助けられてきた。しかしそれ以上に迷惑もかけられてきた……。
「ちょ、こんな時まで喧嘩しないでくださいッス〜!」この中では最年少で、小柄なゼファーが仲裁に入る。「ほらほら先輩たちも止めてあげてくださいよ〜!」
ゼファーは元々ある街の有名なお尋ね者で、“業風のゼファー”という通り名で知られた盗賊だった。そこに俺たちが現れ事件を解決し、実力を買ってパーティに入れることにした。普段はお調子者の彼だがシーフとしての才能は凄まじいものがある。
「ほんと、醜いやつらだよねえ……」金の長髪をたなびかせ、槍使いのローレイが侮蔑の表情を向けている。「どうせ争うなら美しく争いなよ」
ローレイは敬虔な宗教家で、常に経典を持ち歩いている……のだが女癖の悪いナルシストで、とてもじゃないが神に仕える立場の人間とは思えない。しかし戦闘となれば無類の強さを誇るのは他のメンバーと変わりなく、その流麗な槍捌きは“聖槍のローレイ”の名が伊達ではないことを示してくれる。
「はーい、そこまで」快活で可愛らしい声が響く。声の主は回復術師のアリスだ。「駄目だよー、クーちゃんのこと困らせちゃ」
ピンク色の髪と、それに合わせたゴスロリ系の服。本名アルトリウス、通称アリス。見た目も声も女にしか見えないが、何の冗談か男なのだ……見たことあるしな。ヒーラーとしての腕は確かなもので、“女神のアリス”と呼ばれ崇拝されていたらしい。女でも神でもないのだが……。
ちなみにクーちゃんというのは俺のことだ。不本意だが。
アリスの一声で、火花を散らしていたノエルとドルガンが落ち着きを取り戻す。
ゼファーはほっとした様子で、ローレイは相変わらず興味なさげだ。
アリスはというと、俺の方を見てニコニコ笑っている。
こいつらが俺の率いるパーティ。これから一緒に魔王を倒しに行く5人だ。決戦前とは思えないような緊張感のなさだが、だからこそ背中を預けられる。
覚悟しろ魔王。俺は、俺たちは絶対に負けない。厚い扉を開き、決戦の舞台へと入っていった。
◆◇◆
「で、次はどうするつもりじゃ?」
椅子の上に跨り、背もたれに顎を付けて、彼女は俺を見下してくる。愉悦と嘲笑が入り混じったその表情に、俺は唇を噛む。
「く、くそ……!」
実力差は歴然だった。
ノエルの魔法もドルガンの怪力も通用しない。
そして俺の剣も、ヤツに届くことはなかった。
「な、なぜだ……こんな女一人に……!?」
倒れ込んだノエルが、心底不可解だと言うようにそう呟く。
俺だってそう思う。まさか魔王が少女の姿をしているだなんて。そして何故負けたんだ……? 俺たちは名実ともに最強の勇者パーティのはずなのに……。
「ふふふ……愚かな男たちじゃのう……」魔王は相変わらずニヤつきながら言う。「いや、男たちは愚かだと言った方が正しいか」
まあよい、と魔王は椅子からぴょんと飛び降りた。白い髪の毛が無邪気に揺れ動く様は、人間の少女にしか見えない。
「これ以上むさ苦しい男どもを見ていても面白いことは何も起きん。さっさと計画を実行してしまおうかの」
計画?
「け、計画とはなんだ……?」
俺は痺れて動かなくなった体を無理やり起こしてそう問いかける。
魔王はきょとんとした顔で、さも当然のことであるように言い放った。
「人類滅亡計画じゃが」
人類、滅亡……計画。突きつけられた現実にどっと冷や汗が出る。そうだ……可愛らしい外見に騙されてはいたが、こいつは魔王なんだった……。
「安心しろ、痛むのは最初だけじゃ……じきに良くなってくる」
魔王は何やら術式を発動したようで、魔王城が揺れ始める。
いや違う……地上自体が揺れているんだ……つまりそれは、この星全体を包み込む魔術だということ。
人類滅亡計画の始まりなのだ。
ここまでか……。
「ではまた来世、じゃ!」
俺たちの絶望感とは正反対に、心底楽しそうに笑う魔王の声が聞こえてくるのと同時に、視界が眩い光に包まれる。
「ぐああああああああああ!」
目を開けていられないほどの発光の中、俺の身体の奥底から尋常ではない発熱が襲いかかってくる。身体がとろけそうだ。胸が苦しい。
この症状は俺だけのものではないらしく、四方八方から仲間たちの絶叫が聞こえてくる。
……すまない皆、俺は勇者失格だ。
結局、世界もパーティでさえも守ることができなかった。恨んでくれて構わない。
贖罪の言葉を伝えることはできなかった。
俺の意識は途絶えることを選択したのだ。
◆◇◆
…………。
「あれ」
生き、てる?
だが目を開けても何も見えない。酸素も全然足りていない。
つまり……ここは瓦礫の中だな。無理やり体を起こすと容易に脱出できた。この辺は俺も伊達に勇者をやっているわけではないのだ。
どうやら魔王城は先の“人類滅亡計画”の影響で崩れ去ったらしい。だというのに、肝心の人類が滅亡していないぞ。俺が生きている。まさか勇者クロニクルは人間ではなかったとかそういうオチか?
その時、グラりと足元の瓦礫が揺れ動く。「誰か助けて〜」と見知った声が聞こえてくる。
「アリス!」
俺は瓦礫を掻き分け、アリスの腕を探し出し、気合一発ど根性で引き抜く。気持ちいいほどすぽんと抜けたアリスは、勢い余って俺を押し倒す形となった。
「いてて……だ、大丈夫かアリス?」
「う、うん……ありがと……クー……ちゃん……?」
助かったはずのアリスは何故か困惑顔だった。というより、何か不思議なものでも見るかのような目で俺を見つめている。
「ど、どうかしたか……? 何か身体に異常でもあるのか?」
俺に跨ったままのアリスを俺はよく観察する。顔、体、足、特に何の変化も見られない。とりあえず怪我があるわけではないようだが……。
すると、アリスは俺の胸に手をあてて、やけに神妙な面持ちで言った。
「クーちゃん……おかしいのはクーちゃんの方だよ?」
そして思い切り俺の胸を鷲掴みにした、というか揉んでる揉んでる!
「い、いきなり何してる!?」
はっ、と俺は自分の胸に目をやる。
なんだ、この、異物は。
脂肪の化け物。およそ自分とは縁がないと思っていた女性のシンボル的部位。
それが何故、俺についている。
恐る恐る自分で触ってみる。
「うわぁ!」
や、やわい……やわすぎる。こんなにもやわいものがこの世にあっていいのだろうか? 今まで一度も女性のそれに触ったことのない自分でも、本能的に理解できる。
これは、おっぱいだ。