『思い出からの訪問者』
雨音で外が見えなくなったある日。
その訪問者はやってきた。
二人っきりの状態からどうやって村を興そうか真剣に悩んで話し合っていたのだが、これといっていい案が出ずに困っていた矢先のことだった。
──コンコン。
「居るかい、村長さんよ。」
開いた扉の前に立っていたのは銀縁眼鏡の似合う若作りな顔。短髪の黒髪から滴を垂らした彼は自らを波木リューブと名乗った。
「そこにいるのはもしかしてスオちゃんかい。それと、ご無沙汰しておりました。現人神様もお変わりないようで何よりです。」
細身で白髪、落ち着いた風貌。至って働き盛りの青年に見えるが、遠目には老齢の博学タイプに見える。
その彼の第一声が先ほどのものだ。
まっすぐ見据えてくる視線に私は答えた。
「私は秋宮柊一郎といいます。隣の南屋スオさんには大変お世話になっています。」
「……そうか。君は違うんだね。」
絞り出すような返答。
「ええ。私は三代目だそうです。スオさんに助けてもらいました。」
「そうかい。」
男の眼差しが柔和なものに変わった。次いで私からスオさんへ視線が移る。
「スオちゃんも元気そうで本当に安心したよ。」
「ちょ、ちょっと待ってください。」
慌てた様子のスオさん。
「ああ、僕のこと覚えてない?」
サッと濡れた前髪を掻き上げる波木さん。
「君のおばあちゃん──ミオさんにはよくしてもらったものでね。あの時分、話の合間に娘の愚痴を言いつつも隙あらば孫を褒めることを欠かさなかったものだから、しっかり覚えてるよ。2回くらい会ったこともあったかな。」
「左様ですか。…ご無沙汰しておりました。」
「それよりも、この森、私たちの他にまだ住民いたんですね。」
「わたくしもてっきり二人きりだと思っていたのですが……どうやらそうではなかったようですね。それにしても何処に住んでおられるのでしょう、波木さん。」
「ふっふっ……それはだな。」
「ずばり、地下だよ!」
不敵な笑いで溜めた余裕が反映されて、かなりサマになった左手指差しがキマる。この人結構面白い人種かもしれない。
「地下ですか。それは流石に盲点でした。」
スオさんも苦笑い。
「それと二人とも。僕のことは是非リューブと呼んでくれ。呼び捨てされるのが好きなんだ。」
「ほう、村の再興を。」
「ええ。私もスオさんも考えているのですがなかなかいい案が出なくて。なにしろ」
「若い二人じゃ何をするにも経験が足りないものなあ。」
新たにリューブを加えて会議。
今日は一階の大きめテーブルを囲んでいる。
「それにしても君以外はもう森を出たか、鬼籍に入ったかしてしまったのだね……。」
「ええ。」
彼はスオさんとは逆で半ば浦島太郎状態だという。スオさんの語り口に乗って届く実感に、思うところがあったのだろう。明るい口調をを保っているが、どこか沈痛な面持ちになっていた。
加えて、動じない少女の表情が更に彼を悩ませたらしい。
「参ったな……」
「心中お察しいたします。私もつい一度に話し過ぎたと反省しております。」
「いや、ほら。そうじゃなくてさ。」
「僕が村に無関心でなければ、スオちゃんの成長はもしかしたらもっと華々しいものになってたかもしれないって思っちゃうじゃない。ねえ、現人神くん。」
それを聞いて俄かに水を飲み干したスオさん。私への問いかけに食らいついたその眼光は今まで見たことがないほど鋭かった。
「たらればの話よりも明日の発展のためご協力いただけますか。」
「……ああ。」
「きっと、今日この時を逃すと次も何かしら後悔しそうだ。スオちゃん。君もそうだと思うけど、僕もまだ先代現人神の一件を諦めきれずにいるんだ。」
「村にあったもの全て、この波木のリューブがお目に入れよう。」
リューブもまたギラついていた。
見ているこちらが危機を感じるくらいに。
だけどスオさんはその眼差しにこそ期待したようだ。
「ありがとうございます。どうか、また私に夢を見せてください。」