『身体の異変』
南屋スオの自宅は森の中にあった。
月が真上に昇って来た頃ようやく辿り着いた其処はまさしく山間部の一軒家。
彼女のただならぬ様子と言動からカルト宗教の怪しい集会を目撃したのではないかと妄想を働かせてしまっていたのだが、どうもそうではないらしい。
聞くと一人で住んでいると言う。
「何か不自由があればいつでもおっしゃってくださいね。」
この遠慮したような物言いが実に怪しい。
しかし彼女の可愛らしさというか綺麗さを見ているとそういった疑いをついつい薄れさせてしまう。まだ私の心は異性に対して甘いというか、免疫を十分に備えていないらしい。
「いえいえ、親切にしていただいてありがとうございます。」
という具合に返事してしまう。
とっさに対人スキルが爆上がりする性質でよかったよ。本当に。
渡してもらった無地の布で水気を拭いて暖炉にあたらせてもらう。今年の一月だったか、雪の降る中わざわざ山に登ったはいいものの堪らず逃げ帰ってきた時のことを思い出した。
暖房のありがたみを感じられて大変心地よいひとときである。
ふと自分の手に目をやっておかしなことに気づく。
まるで自分の手ではないかのようだ。
風邪でもひいたのだろうか。
「不思議の国のアリス症候群」というものがある。自身の身体が何らかの理由で通常時とは異なるフィードバックをもたらし、まるで大小に伸び縮みしてしまったかのような錯覚を与えるものだ。
自分は風邪をひいた時にそんな感じの症状がよく出ていて、四肢の感覚をいつもよりも大きく感じていた記憶がある。大変気持ちが悪いの一言だった。
今回も久々に同様の症状が出ているのだろうかと思った。いつもなら健康時と比較して大きく感じるのに小さく感じるなんて珍しい。
なんと現実的に物を考えられる模範的な学生だ。いや、実際のところ異世界転移なんてものをした人間はまず目の前の事象の方を頭の中のちっぽけな現実に当てはめて咀嚼するものだろう。
しかしそんなことを言ってられないほどの衝撃が私を襲った。
「具合はいかがでしょう。」
「だいぶ調子が戻ってきました。でも少し風邪気味かもしれません。」
隣の部屋から南屋さんが戻ってきた。
返答すると、少し困り顔。こちらの身を案じてくれているのだろうか。つくづく有り難いことだ。地獄に仏とはこのこと──
「それでは、鏡で今一度御身の無事をご確認ください。」
「ぅおァバっババッッッ!?!?!?」
驚愕の奇声。
後方に飛び跳ねる体躯。
前方に吹き飛ぶ視界。
痛み始める後頭部と背中。
明滅する視界。
そしてやや困惑している南屋さん。彼女の手には先ほどこちらへ向けていた大きめの手鏡がある。
ちらりともう一回覗いてみても鏡像が見知った形に戻ることはなかった。
「大変なことが起きている……」
そこに写っていたのは凛々しさと可愛さの中間にあるような少女の顔。
見慣れた自分の顔ではなかった。
そうしてやっと第二の異変に気づいた自分は即座に全身に手を回して直接確認。悲鳴をあげることこそないものの、もうこれは異常事態だと認めざるをえない。
「女の子になってるんだが!?」
男の肉体を全て失って典型的な細身体型。
低身長、超貧乳。
全てが同級生女子よりも明らかに小さい。
握り締めた拳も頼りない。何度か試したが、筋力はもう何か試すのも億劫になるぐらい弱ってしまって話にならなかった。
「依然変わらず大変可愛らしいお姿ですよ。」
にこにことしている南屋スオ。
絶対に何か知っている。
だが下手に聞くわけにもいくまい。
このとき私はしばらく様子を見ることにした。
まだ現実的な解釈が可能かもしれないし、その場合は何らかの犯罪行為に巻き込まれた可能性が濃厚だからだ。
なお、様子見態勢は翌朝崩壊する。