『翡翠色の深雨森』
「ふう……」
視界開けて、眼下に一面麗しい緑。
額に流れる汗が暑い日差しに煌めく。
深雨森。
常に雨が降る非常に深い森。
今、私はその中でも一段高い丘の上にいる。
薫風、そしてゴロゴロと遠い雷鳴。顔の上で合流を果たした雨粒たちが汗をゆっくりと押し流していく。頭上を覆っていた木々が無くなったため、小雨を直に受けることになって肌が涼しい。
雨脚が強くならなさそうな気配を良いことに、ぐっと首を上に向けて折角の眺めを堪能させてもらった。
雲間から差し込んでくる数本の光の帯が天球全体を照らし、ぼんやりと緑がかった虹色を魅せてくれる。彩りを主立って染めているのは視界の下半分を占める豊かな緑。満遍なく発達した草木が覆う大地である。
見ていると、自分まで植物になった気分。
本当に。この森は深いのだ。
「スオさん、ここは信じがたい場所ですよ。」
一人呟いて、もう一度ぐるりと景色を眺めた後。ゆっくりと『こっちに来てからの家』に向かって帰途についた。
範囲はきっと日本の県一つ分はあるだろう。
その深さは様々な者達の往来を妨げてきた。交易路は道を曲げ、森を挟んだ反対側同士ではそれぞれ異なる文化が育った。
幾度も踏破しようと言う声はあがったものの、伝統的な仕草が鳴りを潜めた今となってはそんなことに注力する者などいない。
森を囲んだ集落群はその連絡形態をそのまま発展させ、誰も住むに困らなくなってしまっていたのだ。
そして本来ならばとっくの昔に衝突していたであろう、武力行使に積極的な過激勢力たちと、翻って穏健な勢力たち。彼らが未だその政の姿を変えずにいるのは果たして歴史の上で幸か不幸か。
森をぐるっと一周囲む一連の集落群にはそれでも一つの連帯がある。
「あ、スオさん。見てきましたよ。」
ちょうど家の前まで来たところで同居させてもらっている相手に遭遇。
名前は南屋スオ。
「いかがでした。」
彼女の口調は常に丁寧語だ。
「やっぱり、この森は素敵でした。」
森の周囲がどんな人々に囲まれているのか、どのように彼らが発展してきたのか。それはこの人が教えてくれた。
黒い長髪に赤色の房毛を混じらせたお姉さんキャラクター。おしとやかな見た目と立ち振る舞いに加え、生活の中で鍛えられて引き締まった身体を併せ持つ、強いお方だ。
この頼り甲斐のある美人に出会えたのが此方へ来て最初の幸運だった。