噴水の間
目つきの悪い衛兵達。コレってなんか……ヤバい雰囲気。
終わった……か? なにもかも……。
その時、ぐいっと腕を引っ張り、何者かが俺を通路の端へと引っ張っていく。
身体つきのいいその男は、髭を生やしており、……よく見ると、どこかで見た顔……。顔見知りか?
「バカ、声が大き過ぎるだろ!」
「え、ええ? あんた誰?」
「……予の顔を見忘れたか」
じっと顔を見つめる。整った髭と威厳のある顔……先程まで謁見の間で王座に座っていた――ドドメ・エーロ王じゃないか! 頭に冠を乗せていないので、すぐには気付かないかった。
「王様!」
「そうだ。ハマンといったな、落ち着いてよく聞くのだ」
王の肩が俺の肩にくっつき、お互いが汗ばんでいるのを感じる。王様……ちょっと距離感が近過ぎないか?
「お前は納得いかない顔をしているが、あの民族は呪われているのだ――。生かしておけばこの先、何年にも渡り大きな災いを呼ぶ」
「だからといって部族皆殺しはあまりにも御無体。――お考え直し下さい!」
一度目を閉じるが、王の意向を変えることはできなかった。
「それは……できん。だったら逆に聞くが、どうすればいいというのだ! あの民族の思い通りにはならないのじゃぞよ」
王は眉間にシワを寄せ、困った顔を見せる。
……確かに王の言う通りだ。「王都を滅ぼされたくなければ、我らを王にせよ」と言われれば……呪いの部族に従わざるをえなくなる。何年もの月日をかけて築いてきた王国が、一夜にして呪いの力に屈することになるのは明白だ……。
「その危険さと愚かさに気づいたからこそ、お前は予の前に現れ、今もこうして生きているのであろう。――お前はあの女、メテオ・ロゼットの命よりも自分の命と、この王都を救いたかったのだろ? あの大きく成り果てた月はまさに不吉の象徴。いずれはこの地に堕ちる日が来るとしても、それは今でなくてよいはずじゃ。
――人間が滅ぶのは今でなくてもよいはずじゃ――。
我らにできるのは、末永く生きていくことじゃ。ハマンよ、今は辛いかもしれぬが、分かってくれ――」
王様が……他の部族のことをどう考えているのかは分からない。だが、王都を守りたい気持ちは十分に伝わってくる。
自分の国を守れない王が、他の部族までもを守れるハズが……ない。
「……分かりました。王様」
「うむ。後でお前には褒美を与えよう」
ポンと気軽に肩を叩く王。奴隷の俺なんかにいったいなんの褒美をとらせるというのか……。「後で」との口約束……これほど不確かなものはないというのに……。
廊下の中央には大きな水が吹出す石像と、丸い大理石で出来た噴水の池がある。透き通った透明な水を見るのは久しぶりだ。手酌にすくって何度も喉を鳴らして噴水の水を飲んだ。噴水の底には亀が気持ちよさそうに泳いでいるのが見える……透き通っているから。
手や口元についていた乾いた血が噴水に薄く広がり消えていく。メテオ・ロゼットの血だ。
……すまない。
池に写った自分の顔を覗き込むと、たった今飲んだ水が、涙や鼻水となり、ポタポタタラタラと零れ落ちた。
一人で泣いていると、後ろから声を掛けられた。
「あの……」
涙顔のままで振り向くと、若く美しい女性が一人立っていた。宮殿内に差し込む太陽の光に照らされたその女性は、まるで人よりも優れた生き物のようにすら見えた。
日焼けを知らない色白の肌。美しく織られた衣服は、細い手足が透けて見える。そして、良い香り……。
奴隷の俺が、決して近づいてはいけないような高貴な女性――。胸を雷が貫くようなドキドキ感!
「よかったら、このハンカチをお使い下さい」
麻で編まれ、小さなハートマークの刺繍が施されていたが、俺には何のマークだか分かりはしない。
「あ、あり、ありがとう……ぼざいます」
恥ずかしくて、緊張のあまり、上手く喋れない~! ハンカチを受け取ると、少し手が触れ合い、白い頬を赤く染める。俺の頬も、桃色に染まっているのかもしれない――。
一目惚れとは……このことだった。
口や手を拭いたハンカチが、汚れてしまうのが恥ずかしかった。