叶わぬ復讐
「わらわには村に結婚を誓い合った者がいた。政略結婚でもお見合いでもない、正真正銘の恋愛結婚を決めた相手がおったのじゃ――」
……ひょっとして、のろけ話を聞かされているのだろうか? この状況で……。
「ところが、エーロ王族の奴らは戦に負けた我が部族の男を全て奴隷とし、歯向かう者はその場で処刑した。女子供も容赦なくじゃ――! わらわの愛した男は、目の前で首をはねられた――。落ちた首はわらわの方を向いて、にこやかに笑っておった。――最期まで笑っておった。その光景が目に焼き付き、忘れることはできぬ。……それでわらわは誓ったのじゃ。
――王族を一人残らずこの世から消し去ってやると――。
これ以上、辛い思いを繰り返すだけなら、――人間も文明もすべて滅び去ってしまえばよいのじゃ――!」
涙の痕が月夜に照らされて見えた。三日三晩……泣きながら踊り続けていたのだろう。
俺の村もほぼほぼ同じ目にあった。俺にはそんな良きパートナなどいなかったから、歯向かわずに土下座をして奴隷になったが、長老をはじめ、何人もの家族を守ろうとする勇敢な男達は首をはねられた。
俺も生きて復讐してやると誓ったのだ――。ほんの少しだけ……。
だが……。
「もう、やめろよ……お前が死んでも、王都に月を落としたとしても、死んだ者は蘇らない。辛い思いをする者が増えるだけだろ」
愛した男は蘇ったりはしない……。
「だまらっしゃい! わらわに命令する気かえ? 奴隷の分際で」
「――お前も同じようなものだろう……。復讐だって、生きていなければできない。復讐を達成したとしても、それは生きているからこそ価値があるんだろ」
自らが死んでしまったら――復讐を果たす意味もないではないか――。
「それに、俺は生きたい。お前の呪いの歌でこんな王都と一緒に滅ぶのは御免だ」
つまり、この女を止めない限り、俺は生きることはできない。
さっきまで、今日死ぬかもしれないと思っていたのが嘘のようだった。古くから女の美しさこそが、男の生きる力の原動力なのだろう……。そして、それはこれからも変わることはない……。
女はナイフを振りかざすのを止め、だらりと手を下げた。攻撃するのを諦めたように少し微笑んでいる。
「……。そうか……ハマンといったな。お前は生きたいのだな……私を滅ぼしてでも」
「――ああ、生きていたい。だが、お前を滅ぼしたいなんて考えていないさ」
むしろ、その美しい体を俺のものにしたい――。ここから二人で逃げ出し、元居た村で一緒に暮らしたい。
叶わぬ夢かもしれないが……。
そっと俺が手を出すと、女は構えていたナイフで、――自分の胸を一突きした――。
――!
「なにをするんだ!」
「ハハハ、グフッ」
胸の装飾品が割れ落ちると、女性特有の丸みを帯びた乳房が露わになり、真紅の血がドクドクっとナイフや手を伝って溢れ零れる。
「わらわの名は……メテオ・ロゼット……。緑無くなりし頃、月より降り立つものの末裔。うぬらは緑無くなりし頃、赤き星より降り立ったものの末裔。いずれはこの星も緑無くなりし頃を迎えるか、我が一族の血を引くものが……必ずや月を落とす。その時までせいぜい……夢を見ているがいい」
崩れ落ちそうに倒れる女を、支えてしゃがみ込む。息はどんどん弱くなっていく。
「ハア、ハア、……ハマンよ……お前が生きたいと望むのならば、我の血をすすってでも生きるがいい。
……呪いの血をすすってでも……生きるが……」
メテオと名乗った女が静かに目を閉じると、最後の涙が流れ伝い、その瞼は二度と開かれることはなかった。
……。
「ああ、あああー!」
なんなんだこれは――!
――いったい、どうなっているんだ、この世の中は――。死んでしまってどうする! 滅ぼせないからといって、自らが滅んでどうする――! 俺を殺してでも月を落とすつもりじゃなかったのか――?
なんの関係もない俺に見つかったからといって、諦めて死んでしまうなんて――。
どうしていいか分からずそこに座り込み、亡骸となったメテオの胸へと口を押し付け、溢れ零れた血を吸ったが……喉の渇きが潤うことはなかった。
ザラザラするような苦味と舌に残る違和感。むしろ目から零れ落ちる涙が、さらに体の水分を奪っていくようだ……。
亡骸を腕に抱え呆然とする俺を、少し大きくなった月が容赦なく照らし続けていた――。