防弾チェーン
ズーン――。
低く鈍い重低音のあと、天井のボードからパラパラと白い粉が落ちてくる。決して大きな音ではなかったが、非常階段の扉からは花火の後のような酸化マグネシウムの臭いが鼻にツンと匂ってくる。
「い、い、今のは何の音だ! ――ま、まさかもう爆発が始まったのか?」
「嘘でしょ――。さっきの時限爆弾はあと十五分あったはずよ!」
「地下から順番に爆発するように時限爆弾が仕掛けらているのかもしれない――急ごう」
フロア中央にあるエレベーターの「←」ボタンを何度も連打する。
カチカチカチカチ……。
「ヘイ、ラリー! 何度押したって同じだ」
カチカチカチカチ……。
「そうよ、イラっとするじゃないの」
カチカチカチカチ……。
「逆になんでお前達はそんなに冷静なんだ――! あと十五分でこの階も爆発するんだぞ?」
「俺は冷静沈着だからさ」
格好つけやがって、このロボット野郎め~!
「チキンなうえにイラチだなんて……やっぱり私の嫌いなタイプだわ」
……今は何と言われても構わないさ――。
カチカチカチカチ……。ポーン!
――来た! エレベーターの扉が開くといち早く乗り込んで、地上一階のボタンを……連打した。カチカチカチカチ……。
「壊れるからやめろー!」
「ウザいからやめて!」
カチカチカチカチ……。
地上一階にエレベーターが辿り着くと、正面玄関へと向かって通路を走った――。この階にも誰もいない。爆発時間ギリギリまで残っている命知らずのFBIはいないようだ。
エレベーターから正面玄関までは一直線で、――まだ時間に余裕はある――。
助かった――と思いたかった――。
辿り着いた正面玄関で待ち受けていた最後のトラップ……。銀色のチェーンでドアノブ同士がグルグル巻きにされ、いくつもの銀色に輝く南京錠が掛けられていた――。
ガラス越しの向こう側には誰も人影はないが、同じ銘柄の煙草の吸殻がたくさん捨ててある。
かなりの時間、一人ぼっちで仲間が戻って来るのを待っていたのかもしれない……。
「下がってろ」
「よせ!」
俺の言うことも聞かずにガッポはライフルを構え、鍵の部分やガラスを撃った。
ドッ! ドドドドドッ! キーン……。
ガッポがやみくもにライフルを撃ちまくりやがる! うるさくてまた耳鳴りがする。ジョナは耳に人差し指を突っ込んでいやがる。
「うおおおおー!」
ドドドドドドドドドドッ!
吠えても銃の威力は変わらないのに……人はなぜ吠えるのだろうか。ん? 人?
コン、コロコロ……コロコロ。シュ~。
虚しく薬莢が通路に散らばり転がる。ライフルの銃口からは一服しているかのように煙が立ち上った。
「ジーザス! まさか、ライフル弾が効かないなんて」
「無駄だガッポ。このガラスはNASU特性の防弾ガラスだ。チェーンも鍵も超硬化プラスチック樹脂製で、ライフル銃のフルメタルジャケット弾でもかすり傷一つ付けられない」
フッと息を吐いてガッポに説明してやる。NASUの科学は世界一位いい――!
「ヘイ、ラリー! ユーはこんなクレイジーな玄関の研究所にいて、自分が閉じ込められるかもしれないってことを想定してなかったのか?」
「うん」
即答してやった。
だって、悪いことなんてなにもしてないもん……。
「くそう! このままじゃ全員お陀仏だ」
「オー、シット!」
「ガッテーム! ……ここまできて駄目だなんて……あっ? そういえば、抜け穴があるんだ!」
「なんだと? そんな非常口はデーターにはないぞ」
非常口なんて代物ではない。
「そりゃそうさ。俺達が夜中にこっそり研究所を抜け出してサボるために、監視カメラから見えない死角に掘ったんだから、データーにも設計図にも記されているはずがない」
その抜け穴は、使用頻度が極めて少ない玄関横にある女子トイレの掃除用具入れの奥――。バケツとモップをずらしたところにあった。タイルの壁を砕いただけの穴なのだが、そこから見える外の風景は今、夜の極楽浄土……涅槃のように見える。
「……ここなら絶対に監視カメラには映らないだろ。もし映るんならセクハラ華々しい」
「……」
ここのトイレを使用していた唯一の女性であるジョナが……なんか、白い目で睨みつけるのだが、今は気にしない。生き延びるのが先決だと言いたい。
「じゃあ、早く逃げましょ」
「あ、ああ。ちょっと待ってくれ。さっきから俺はチビリそうなんだ」
ガッポが男子トイレへと歩いて行く。
「こんな時に馬鹿野郎。って、お前もチビルのか?」
いったい何をチビルのか分からないが、ガッポと同じように俺も尿意を我慢していたのに気付いた。
――またジョナの前でおもらしをして醜態を晒すわけにはいかない。
「じゃあ、俺もトイレ……」
「こんな時に正気なの? それに、どうせ漏らしてるんだから、もっと漏らせばいいじゃないの」
……さらりと、泣きそうなことを言う。
「タイムリミットまではまだ15分もあるんだ。男同士で連れションしようぜ」
「ああ」
15分は……ないはずだがな。10分はあるだろう。十分だ。
「ちょっと――、早く帰ってきなさいよね!」
ジョナは一人で抜け穴を先に出て行った。
「そういえばお前、いつもションベンしてたなあ」
「ああ。俺の体は細部までiPS細胞3Dプリンターで作られている。簡単に見分けはつかないだろう」
プルンプルンと俺よりも立派なモノを振っていやがる……。雫が飛び散ってきそうで腹が立つ――。
「さらに、色鮮やかな独立6色インクだ」
NASUはいったいなんて物を作っているんだ――。
トイレを終えると、抜け穴から建物の外へと出た。昨日と同じように丸い月が辺りを照らしている。外の空気は砂ぼこりを感じさせないほど新鮮でおいしく感じた。
先に建物の外へ出ていたジョナと合流した時、ガッポに――、
――急にライフルを突きつけられた――。
……地下からはまた、鈍い爆発音が一つ鳴り響いた。




