監視ロボットに見張られていた
――ガーガー!
非常階段から地下三階に入ろうとしたとき――、静か過ぎた沈黙を破り、突然物音が聞こえてくる――。
俺達三人は咄嗟に非常扉を閉め直した――。
ドック、ドック、ドック、ドック……。
心臓がまた早く鼓動する。とうとう敵に見つかってしまったのか――。階段を駆け下りて逃げたいところだが、今、大きな音を立てては一層の危険を招いてしまう。
銃を構えながら非常扉を少しだけ開けて通路を確認していたガッポが、危険がないと判断したのだろう。俺とジョナに手招きをした。
ガーガー。
「……」
「ジーザス! ただの床掃除ロボットだったのか――驚かせやがって!」
せっかく乾いてきたズボンとパンツが、また湿ってしまったじゃないか~。
「バッカみたい。寿命が縮んだわ」
ガッポは顎に手を当て、真剣な眼差しでその床掃除ロボットを睨みつける。
「――いや、これはアメリカ航空宇宙局の下請け会社が開発した最新鋭スパイロボット――『NA―2』フローリングタイプ!」
「なんだって!」
「なんですって!」
地下三階の通路に俺とジョナの声が響き渡ると、慌てて口を手の平で押さえる。幸いなことに、敵はこのフロアにもいないようだ。
NA―2だと……? ガッポは自分のことを『NA―1』と自己紹介していた。ってことは、この床掃除ロボットの方が、まさかの新型――!
「――まさか、どこからどう見ても、ただの自動床掃除用ロボットなのに――」
なんて怖ろしい物を開発しているんだ。
しかも、スパイ行動がローアングル!
「NA―2の搭載しているCPUは俺のCPUの5倍の処理速度。まさに次世代人工知能――」
「次世代人工知能――!」
……見かけはただの円盤型床掃除ロボットなのに、なんというハイスペックだ――。
恐怖のスパイロボットじゃないか――!
ガッポはその床掃除ロボットを手に取ってひっくり返すと、ガーガーとタイヤが空回りする。
「ただし、フローリング専用」
「……」
「……家を建てるなら絨毯か畳にしろ」
「……」
しかし……まさか床掃除ロボットがスパイだったなんて気付きもしなかった。俺達の研究はこいつのせいで政府やFBI、NASAとその下請け会社NASU本社にも逐次報告されていたことになる。――不用心だった。光ケーブル回線さえ抜いておけば、仕事なんてサボり放題だと思っていたのに……。
……どうりで昇給しなかったわけだ……。
「ガッテーム!」
「――うるさいわね。急に叫ばないでよ、ビックリするじゃない」
「まったくだ。敵に見つかったらどうするつもりだラリー」
「もう見つかってるようなものさ。ひっくり返っているが、今でもローアングルから監視を続けているに決まっている! なんで破壊しないんだガッポ」
足で踏みつけるとか、ライフルで撃てば一発で破壊できるだろ? 壊れないようにそーっとひっくり返しやがって。
「姿形は違うが、『NA―2』は俺達人工知能ロボットの仲間だ。スパイ活動をするようにプログラミングされていたみたいだが、本来は俺と同じ自動床掃除用ロボットだったはずだ」
――俺と同じ? ――床掃除用ロボット?
「ロボットだってむやみに破壊されるのは望まない。ひっくり返したからもう危険はない。それに今、俺達は無事にここから逃げることの方が重要だ」
「あ、ああ……」
確かにそうだ。ガーガー音を立てて動けないでいるロボットの相手をしている場合ではない。
ガッポはまた銃を構えながら先頭に立ち通路を歩き始める。その後ろ姿はとても勇ましくて頼りになる。ガッポが研究所に配属されてきた時のことをよく覚えている。……てっきり新入りの研究員だと思っていたのに……。
――ガッポの方が自動床掃除ロボットだったなんて――。
ガクッ。じゃあこいつはいったい今まで何様気取りでこの研究所にいたというのか――! ふんぞり返ってクチャクチャガムを噛む人型床掃除ロボットなんて、売れるはずがない!
しかもだ――、掃除をしているところなんて見たことがないぞ――。むしろガムをポロッと床に落としてもそのままにしているくらいだ。
俺の靴底に何度それがくっついたことか――!
NASUの倉庫には、まだまだ使い物にならない在庫が眠っているのだろう……。ここから逃げ出せたら、まずは……転職先を探すことにしよう――。
結局、地下三階にも俺達以外の研究員は一人もいなかった。
争った形跡も残っていない。それで考えられることは、――研究所の全員がいつでも逃げられる準備をしていたってことだ――。
この研究所での実験が失敗したり、不祥事が起こったりすれば、速やかに退避できる準備を全員がしていたのだ。そして、昨日まんまとそれが起こってしまったというわけだ。実験は成功したのだが、成功してはいけない結果になってしまったのだ――。
一日もあれば……危険を察知したハムスターのように足早に逃げる。――用意周到なことだ! 裏切り者どもめ――!
――まてよ。
……ってことは、この施設でそんな心配もせずのうのうと働いていたのは、俺とジョナとガッポだけだったのか?
思わず顔が赤くなってしまう。恥ずかし過ぎて……。
「なによそんなに見つめて……」
短めの金髪を耳にかける仕草が可愛いんだけど、ちょっとそれは今必要な仕草じゃないよね。
「ヘイユー! 俺の女に手を出すな!」
「黙れアホ! ロボットのクセに女に手を出すとかぬかしやがってコンチキショウめ!」
お前には俺が今、泣きそうなくらい落ち込んでいるのが分かるはずがない。部下全員に裏切られた所長の気持ちなんて――!
NASAに入社してエリートを目指すと誓い、彼女なんかにうつつを抜かす奴らを横目でチラチラ眺めて猛勉強した学生時代――。結局は下請けの下請け会社「NASU」にしか入社できず、「ボケナス~」「オタンコナス~」とけなされ続けた日々。外の光を見ずに黙々と地下で働き続け、自分が何なのかすら見失いかけていた二十代――青春時代。
男ばかりの地下施設には、パワハラもモラハラも規制がなく、男に追い掛け回された日々……。
イテテだよ……。
三十にもなって、女性経験もない……。




