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月落とし  作者: 矮鶏ぽろ
未来編
41/51

静か過ぎる地下研究所


 非常階段で一気に地上へと出られない研究所……。いくら情報漏洩や脱走者の捕獲の為とはいえ、かなり建築法を犯している。


 監獄のようなところで俺達は働かされていたってわけだ……。研究所内の他の研究員達の安否が心配で仕方がなかったのだが、地下四階の研究室も静かで、閑古鳥が鳴いている。

 いくつかの研究室の扉をそっと開けて中の様子を確認したが、誰の姿もなく、争った痕跡も見つからない。

「……おかしいなあ。まったく誰もいないなんて」

 まるで地震を察知したナマズのように、先に逃げてしまったのだろうか? 机の上には飲みかけたまま冷めてしまった紙コップのコーヒーが置かれている。



 研究室の幾つかは物置になっている状態だ。その一つで少し休憩することにした。さっきから心臓がドキドキと興奮したままで、肉体的にというよりは精神的に参ってしまうほど疲労困憊していたからだ。

 ジョナと俺は自動販売機でアイスコーヒーとホット抹茶ミルクを買う。電源が落とされていないから、普段通りに紙コップにジョロジョロと飲み物が注がれて出てくる。

「おいラリー。俺のはないのかよ」

 ホット抹茶ミルクをフーフー冷ましながら飲もうとする俺にガッポが不服そうに言う。

「欲しけりゃ自分の金で買えよ。それにお前……ロボットなんだろ? ガソリンでも飲んでろ」

「ラリーはケチだなあ」

「あのなあ……怒るぞ」


 この研究所の場所は地図やゴールグマップには記されていない。国家機密に属するからだ。当然のことなのかもしれないが、近くにスーパーやディスカウントストアー、コンビニなどは一切なく、一番近くの食料品売り場まで車をぶっ飛ばして一時間以上掛かる。

 買い出しは研究員が順番で行くのだが、場合によっては甘い菓子パンばかり買ってくる奴がいるというありさまだ。せめて「お総菜パン」と半々にしろとド叱りしたことが何度もある……。

 毎日こんな地下牢のようなところで研究ばかりしていると、生活力は著しく低下していく。その事実こそが……、この研究所での一番の研究成果なのかもしれない。


「――そういえばガッポ! お前、ロボットのくせに、いつもヨダレ垂らしてパンにかじり付いていたじゃないか!」

 忘れもしない――。こいつは体が大きいからって、いつも人一倍食べてやがった!

「ああ、あれはハチミツだ。最初に口の中に垂らしてそれからパンをムシャムシャ噛んで、腹の中にあるサイクロン式吸引装置でゴックンと喉を鳴らして吸い込む」

 サイクロン式吸引装置だと……? ……そういえば、こいつが飯を食う時、独特のキュイ―ン音が聞こえていた~。


「あとは人目に付かないように、トイレでリバースだ」

 ……。

 砂漠の研究所にとって、大切な食料と水を……こいつは浪費し続けていたってことか……。

「人一倍無駄に食いやがって! 今まで食べたパンとバターと固ゆで玉子を返せこの野郎!」

 ガッポに飛び掛かって首を絞めてやる。俺の両手では届かないくらい首も太くて立派だ。鍛えてある……じゃなくて、太く作ってある!

「おいおい、俺にだって味覚はあるんだぜ。食わなきゃ死んじまう」

「嘘こけ! どうせ味覚といっても人工知能に記憶されたデーターベースと比較して、「甘い」や「辛い」を判断するだけだろーが!」

 旨いとか不味いとか、ロボットなんかに分かる訳がないだろう。分ったとしても逆に腹が立つ!

「いいや、分かるさ! ちゃんとバターとマーガリンの風味の違いや、焼きたてのパンのカリカリ感や、モチっとフワフワ感も分かるぜ」

「――食通ぶりやがって!」

「いい加減にして! 今はそんなことで喧嘩している場合じゃないでしょ!」


「「――そうだった」」


 机の裏に身を屈め、紙コップのアイスコーヒーを手にしたジョナは怒っていた。

「なんで私まで狙われないといけないの? とんだとばっちりだわ」

「……」 

 私までというよりは、むしろジョナが一番狙われているということを理解していないのが、少し痛い……。

「それに、なんでこんなにビクビクしていないといけないの? 私の力で月を落とせるんでしょ? 研究でそれが分かった今、誰も私達に逆らえないはずだわ」


 月を落とせるものには逆らえない……その通りだよ……。

 だから、狙われるんよ……と言いたい。


「そんなことが万が一にでも世間に知れ渡ったら、全世界の全人類を敵にまわすことになる。そうなれば、いつ誰に狙われるかすら分からない。ネット上に悪質なヘイトスピーチを書き込むのとは訳が違うんだぞ」

 もう一口抹茶ミルクを飲んだ。

「一生怯えて暮らすのなんて、まっぴらごめんだろ? 一生鬼ごっこだ。もちろん鬼の方じゃない」

「その時はその時よ。……どうせ生きていたって寿命がきたら死ぬんだし、私一人が死んだって誰も悲しまない。誰も困らないわ」


 やれやれだ。私一人が死んでも……か。聞いていて辛い。

 ジョナの過去……裕福な暮らしをしていなかったのを俺は知っていた。


「どうせ、ロボットのあなたには分かんないだろうけどね」

 ジョナがそういった途端、ガッポはキッと表情を変えた――。


 パッシーン!

 ――おい!

「痛―い! またぶったわね!」

 あわわ……。

「――だから、暴力はやめろ! バカガッポ!」

 怒る必要も理由もないだろ。お前はロボットなんだから――。

「シャラップ黙れ――。確かに俺はロボットだ。メンテナンスを続ければ死にはしない。だが、だからこそ人間の限りある命に憧れている。これは無い物欲しさだ。すべての人工知能が同じようにそう考えている」

 普段にもなく、ガッポの目は真剣だった。


「人間の命や歴史、文明には必ず限りがある。だが、それは自らの手で終わらせるものではない。最後の最後まで燃え尽きようとするからこそ美しく――尊いのだ」

 ぞわっと……鳥肌が立つ。

「俺の目を見てみろ」

 ガッポの目の中心部分が赤色に光ると、ああ、やっぱり人間じゃないんだと実感する。ジョナは頬を抑えたまま、それを見続けている。――見つめ合っている――。

「LEDの光には品がない。ただ光るだけのために作られた物だからだ。だが、ロウソクの炎は違う。ロウソクの炎の形は、無限のパターンがある。俺はロウソクの炎が好きだ。見ていて心が安らぐ。――いずれは消え去ってしまうロウソクの炎は、無限の揺らめく形を必死に空間に刻んでいるからだ――。……だからジョナ。これ以上、俺を失望させないでくれ」


 ガッポは……本気で怒っていた。少し息遣いも荒い。ジョナの目から一筋の煌きが零れたのを俺は黙って見ていた。


 ……ベラベラと喋りやがって……やっぱり、ガッポは馬鹿野郎だ。


 これ以上なく……悔しい。


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