偽り
大きな銃声に思わず首をすくめてかがんでしまう。条件反射って奴だ。次の瞬間――、
ドドッ!
ドドドッ、ドドドッ、ドドッ――!
キーン。
途中から銃声で耳の鼓膜が情けない悲鳴を上げた。キーンしか聞こえない。もう目も開けていられない――。
ひょっとすると、俺の体は沢山の銃弾を浴び、蜂の巣になっているのかもしれない。
……蜂の巣って……アシナガバチの巣のことだよなあ……。スズメバチの巣だったら、穴は一つだからなあ……。ミツバチなら蜂蜜がたくさんあってぜんぜん怖くなさそうだ。
そういやあ昔、蜂に頭を刺され、「アンモニア」がいいからって、ションベンを付けた苦い思い出がある……。飛んだ民間療法だぜ……。
今までの人生が走馬灯のように……思い浮かぶ……。不思議なことに痛みはまったく感じなかったのだが、思いっきり小便を漏らしていた。湯気が出ているのをぼんやり感じる。夢の中でおしっこをした時のような気分だ。……だって……仕方ないよな。死ぬかもしれないと恐怖したところへ連射される銃。怖くない方がおかしい。
失禁しない方がおかしいよな――?
失禁の気持ち悪さにそっと目を開くと、目の前のガッポが、ベレッタの弾を全弾発射し、立ち尽くしていた。
体のいたる所に銃弾を受け、服に穴が開き焼き焦げたところからはシューっと煙が出ているのだが、不思議なことに血が一滴も出ていない。
血管に当たらなければ、人間でも銃弾を受けて血は出ないのだろうかと思った時だった。
「ヘイ、ラリー。今まで嘘をついていてすまなかった。実は俺は――人間じゃない。NASUが独自で製造した人工知能搭載ロボット『NA―1』だ」
――ロ、ロボット……? ちょっと何を言っているのか分からない。
「バカ! ずっと騙していたのね! 本当に最悪! わたしの恋心を返せ!」
ジョナも……俺も……無事なのか?
「ハハハ、すまないが、それはちょっと返せない。それよりもここは危険だ、早く逃げ出そう」
――ガッポがロボットだっただと? 人工知能搭載ロボット『NA―1』?
今まで、ぜんぜん気付かなかった――。
そういえば……ガッポがここの施設に配属される前、A4の裏紙用紙に、「人工知能搭載システムの配置について」と書かれた回覧物があったような……。コーヒーをこぼしたからそれで拭いて、丸めてゴミ箱に投げて……外れたような……。
てっきり同時期に導入された、「自動式床掃除用ロボット(フローリング専用)」のことと勘違いしていた――。
ゆっくり振り返ると、銃弾を正確に眉間の間に見舞われたFBIが仰向けになって倒れている。頭から血が流れている――こっちは本物の人間だ。
直ぐに目を逸らした。俺はなにも見ちゃいない――なにも! じっと見ていると悪い夢を見そうな残酷な光景……。むしろこれは悪い夢なんだと思い込みたい――。
まだ現状がよく理解できないのだが、ガッポがロボットなのをこのFBIは知っていたのかもしれない。だったら、大きなライフル銃を至近距離で構えていたのにも納得ができる。
「こいつらは……いったい……」
「研究所の存在を消しに来た傭兵かもしれない」
「傭兵だと」
散らばっているライフル銃を二つ拾い上げ、一丁を俺に渡そうとするガッポ。……ゴメン、俺はそんな物騒な銃、持ったことも撃ったこともない。だから受け取らなかった。するとガッポは黒色のバッグを一つだけ俺に渡した。
「銃も持てないようなチキン野郎は荷物でも背負ってろ」
「なんだと……。はい」
大人しく従っておこう。だってガッポ、ライフル銃を持ってるもん。
渋々リュックを背負うと、ガチャガチャと中で音がする。予備のマガジンとか、手榴弾とか物騒な物が入っているのかもしれない。考えると……それすらちょっと怖い。
俺って……チキン野郎なのか……。コッコッコッコ、コケ?
「よく見ると「FBI」が小文字の「fbi」になっている奴がいるだろ。そいつらはただの日雇い傭兵だ」
ヘルメットにFBIと書かれたのは一人だけで、その他は全員「fbi」だった。FBIの胸ポケットに収まっているトランシーバーをガッポは取り上げると、自分の背広の胸ポケットへと収める。
「任務の内容を知っているのは数人だけだろう。何人研究所に入り込んでいるのか分からないが、とりあえずここから逃げるのが先決のようだな」
ここは地下五階の居住区。逃げるには地上一階まで上がらないといけないのだが、恐らくエレベーターは使えないだろう。エレベーターの扉の前で銃を構えて待ち伏せされていたら、ひとたまりもない。
白衣を脱いで銃を肩から下げたガッポは、映画俳優のように強そうに見えた。――いや、実際に強い。数メートルの至近距離からライフル弾を数十発喰らっても動き続けられるのだから、驚異の兵器なのかもしれない。
本当にこんなロボットが作れる世の中になっているなんて……。大学を卒業後、ずっとこの施設で研究をしていたから外の世界のことがぜんぜん分からなかった。
ガッポの腕にすがりながら怯えて歩くジョナ。黒いリュックを背負ってその後ろを歩く俺の心境は複雑だった。
月落としができる呪いの民と、人を躊躇なく殺すことができる殺人ロボットが寄り添い合っている……。世の中の均衡が崩れ、「呪い」と「人工知能」がタッグを組んだ時、俺達一般ピープルには、いったいどんな末路が待っているといだろうか……。
「この状況からすると、施設は完全に包囲されているだろうな」
おしっこで濡れてくっ付くズボンの気持ち悪さを我慢しながら地下五階の居住区から非常階段を上がることにした。
建物は複雑な形状をしている。多くの研究室は、その全ての部屋が対面や隣同士にならないように出来ている。事故などの被害の拡散を防ぐのと、万が一情報漏洩やスパイが侵入していた時に簡単に脱出できないように、地下に張り巡らせた「蟻の巣」のような構造になっているのだ。
まさか、そのせいで自分たちが簡単に脱出できない日が来るなんて……。想定外だ!
スーハ―、スーハ―。
息を殺してそっと非常階段の扉を開ける。歩く音や話し声などは今のところ何処からも聞こえない。地下五階の銃声は、上の階まで聞こえはしなかったのだろうか……。
急にガッポの声が非常階段の中に響いた――。
「――へい、ラリー。お前……、大人になったのにおもらしかよ。笑わせるぜハッハッハ!」
「静かにしろバカ野郎! 敵に見つかるだろうが!」
それに……素で笑わないで欲しい。人工知能かなにか分からない得体の知れないロボット野郎め――。
……だが、今はそんなロボット野郎に俺達の命が掛かっている。
ガッポにしか頼ることができない……。
「おしっこ臭いわ。私の前を歩かないで」
鼻を指で摘まみながら、わざと鼻声でジョナまでもが俺を馬鹿にする……。二人してクスクスと笑う……この非常事態に……。
滅茶苦茶恥ずかしい……。
早く乾いて欲しい……。




